林業のアトツギを生きる②

□ 椎野潤ブログ(芦田拓弘)  林業の現場で見えた課題と可能性                         

株式会社Eco Forest Friendly/株式会社あしだ
代表取締役 芦田 拓弘

家業に戻ってまず感じたことは、林業の現場は想像以上に複雑で、そして想像以上に可能性に満ちているということでした。
林業と聞くと、多くの人は「木を伐る仕事」を思い浮かべるかもしれません。もちろん、それは間違いではありません。しかし実際の現場では、木を伐る前の入念な計画から、伐った後の報告や管理に至るまで、数多くの判断と調整があります。どの森林を施業するのか。所有者は誰なのか。境界は明確なのか。搬出路はつけられるのか。どの木を残し、どの木を伐るのか。伐った丸太はどこへ出すのか。製材用なのか、合板用なのか、チップ用なのか。運搬の手配はどうするのか。そして、そもそも収益は出るのか。一つの森から木材が出ていくまでには、多くの工程と人が関わっています。しかし、その情報が十分に整理され、仕組み化されているかというと、必ずしもそうではありません。むしろ現場では、長年の経験や勘、所有者や地域との関係性によって成り立っている部分が非常に多いと感じました。もちろん、経験や勘は林業にとって大切です。森は一つとして同じ現場がありません。地形、土質、樹種、樹齢、道の状況、天候、所有者の考え方。それらを総合的に判断する力は、現場でしか身につきません。
一方で、その大切な知識や判断が、個人の頭の中に留まってしまっていることも課題です。ベテランの職人さんが見ればすぐに分かることが、若い人には分からない。ある人が知っている山の情報が、別の人には共有されていない。どこにどれだけの木があり、いつ施業するのが適切なのかが、組織として十分に共有されていない。特に、森林現場での収益見積もりは非常に難しいものです。林業の現場では、伐ってみなければ分からないことも多くあります。地形が厳しければ搬出コストは上がります。道が悪ければ作業効率は落ちます。想定より良材が少なければ、販売額は下がります。結果として赤字になれば、その負担は林業会社が背負うことになります。かといって、リスクを見込んで安全側に見積もれば、所有者にとっては納得しにくい金額になります。場合によっては、赤字になると分かっていても、地域との付き合いや長年の関係性の中で仕事を受けることもあります。ここに、林業経営の難しさがあります。
もう一つ大きな課題は、農業のお米問題と同じく、丸太の販売価格決定権が林業側にほとんどないということです。丸太は、製材所で板や柱材となる「原料」です。さらに農業や漁業と違うところは、丸太は消費者が直接手に取る「食べ物」ではないという点です。例えば「あしだ」が出した丸太だからといって、そのまま消費者にブランドとして届くわけではありません。品質が一定程度担保されていれば、誰が、どこの山から出した丸太であっても、基本的には同じような原料として扱われます。山づくりの背景や、地域の森林を守ってきた過程が、そのまま価格に反映されることは多くありません。また、丸太は輸入材との競争にもさらされています。安価で、大量に供給される輸入材の価格に引っ張られる形で、国産材の価格も厳しい状況に置かれています。
林業は、植林し、下刈りをし、間伐をし、長い時間をかけてようやく収穫を迎えます。その長い時間と手間の先にある主な収益が丸太の売上です。しかし、その丸太価格が低いままであれば、投資に対する収益が合いません。そうなると、「良い森をつくること」が収益と結びつかなくなってしまいます。本来、森林保全は多くの人が必要だと考える公共性の高い営みです。水を育み、土砂災害を防ぎ、景観を守り、生物多様性を支える。そうした役割を森林は担っています。しかし、その森林保全を支える現場の努力が、各林業会社や山主の性善説に依存している面があります。社会全体が森林の公益的機能を求めているにもかかわらず、それを支える経済的な仕組みはまだ十分ではありません。手入れを続けても、木材価格が低ければ再造林や保育に十分な資金を回せない。境界が分からなければ施業が進まない。所有者が山に関心を持てなくなれば、管理の担い手も失われていく。
現在、森林の状況を把握するための航空レーザー測量などのデータも、ようやく各地で整備され始めています。森林資源量や地形、樹高、路網の状況などをデータとして把握できるようになってきたことは、林業にとって大きな前進です。一方で、まだ測量が十分に進んでいないエリアも多くあります。また、仮に航空レーザー測量によって森林の資源量が見えるようになったとしても、次に大きな課題となるのは「その森林に収益性があるのか」をどう見積もるかという点です。例えば20ヘクタールの森林があるとして、私たちがその山を隅々まで歩き、一本一本の木や地形条件を確認しながら見積もりを行うことは現実的ではありません。実際の現場では、地形、道の有無、搬出距離、木の太さや品質、作業効率、所有者との条件など、さまざまな要素を総合的に見ながら判断する必要があります。そして現状では、収益性が赤字になる森林も少なくありません。
現在の森林管理では、植林や森林保育、間伐などに補助金を活用しながら森林を維持していく仕組みがあります。もちろん、それによって守られている森林も多くあります。しかし一方で、そもそも木材生産林としての収益性が見込めない森林については、将来的に天然林へ戻していくという選択肢も考える必要があるのではないかと思います。日本では戦後の拡大造林政策によって、スギやヒノキを中心とした人工林が各地に植栽されました。それから長い時間が経ち、多くの人工林が利用期を迎えています。しかし当時は、現在のような木材価格や搬出コスト、林道・作業道の整備状況、将来の担い手不足までを見通して植えられていたわけではありません。木は確かに育っています。しかし、いざ収穫しようとすると、作業道や林道を整備し、伐採し、搬出し、市場や製材所まで運ばなければなりません。その結果、木は育っているにもかかわらず、収穫してもコストが見合わず、経費ばかりかかってしまう森林もあります。そうした森林に対して補助金を入れ、再び植林や間伐を続けていくことは、場合によっては問題の先送りになってしまう可能性もあります。次の世代が再びその森林を施業しようとしたとき、同じように収益性が合わず、また赤字になる構造が残ってしまうからです。だからこそ、これからは森林を一律に見るのではなく、見える化したうえで、役割ごとに住み分けていく必要があります。
木材生産林として循環させるべき森林。
水源涵養や防災、生物多様性を重視して管理すべき森林。
天然林へ誘導していくべき森林。
地域材や建築利用につなげるべき森林。
そうした判断を、感覚だけではなく、データと現場知を組み合わせて行っていくことが、これからの林業に求められている大きな課題だと感じています。
ここまでできると、森林管理の課題はある程度明確になります。どの森林を木材生産林として循環させるのか。どの森林を防災や水源涵養、生物多様性の観点から管理していくのか。どの森林を天然林へ誘導していくのか。森林を見える化し、役割ごとに住み分けることができれば、次に必要になるのは、その地域にある森林資源の活用先を整えることです。私が特に重要だと考えているのが、「植林 → 林業 → 製材所 → 木造パネル建築 → 植林」という循環です。森で育った木を伐り、丸太を山から街へ運び、製材所で加工し、地域材を使った木造建物として街に建てる。そして、伐採して空いた森林にはまた植林を行い、次の森を育てていく。本来であれば、この流れが地域の中で自然に循環していくことが理想です。地域の森で育った木が、地域の製材所で加工され、地域の工務店や建設会社によって建築に使われる。その収益が、次の植林や間伐、森林保育に戻っていく。そうすれば、森と街は切り離されたものではなく、一つの循環としてつながります。しかし現実には、この流れはまだ十分に実現していません。
林業、製材所、工務店、建築側の情報が分断されています。山側は、建築側がどのような木材を、いつ、どれだけ必要としているのかが分かりにくい。建築側は、地域材を使いたくても、どの地域の森にどのような丸太があり、どの製材所がどの規格に対応でき、いつ供給できるのかが分かりにくい。そのため、同じ地域に木があるにもかかわらず、実際の建築では安定的に在庫があり、規格が分かりやすい輸入材や商社流通の木材が選ばれやすくなってしまいます。これは、誰か一人が悪いという話ではありません。林業、製材、建築、それぞれが自分たちの現場で努力してきた結果、全体としては部分最適になってしまっているのだと思います。だからこそ、地域材を活用するためには、森林資源の見える化だけでは不十分です。森の情報、丸太の情報、製材所の加工能力、木材在庫、建築需要、工務店の設計・施工情報をつなぎ、地域全体で木材を使える状態にしていく必要があります。私は、そのために木材流通システムの開発に取り組んでいます。林業事業体、市場、製材所、プレカット、地域の工務店、建築関係者といった既存のプレーヤーをつなげることで、さまざまな恩恵が生まれます。例えば、納期の短縮、価格の安定、在庫管理の効率化、そして地域材の産地情報の見える化です。どこの山から出た木なのか。どのような管理がされてきた森林なのか。そうした情報が建築や地域の暮らしにつながることで、地域材が適切な場所で活用される可能性が高まります。
もう一つの重要な軸が、森林クレジットの活用です。現在、林業の大きな課題の一つは、森林保育の収益性の低さです。林業会社にとって主な収益源は、伐採した丸太を市場や製材所に販売した時の売上です。つまり、植林や下刈り、間伐など、森を育てる過程そのものには、直接的な収益が生まれにくい構造になっています。しかし、カーボンニュートラルの流れの中で、森林クレジットという新しい可能性が生まれています。森林保育や森林管理によって生まれるCO₂吸収の価値をクレジット化し、それを企業や地域の活動が活用することで、森林保全活動に資金が流れる。これが森林クレジットの大きな意義です。
弊社では現在、地域決済アプリ「EcoPay」の普及に取り組んでいます。EcoPayは、地域の店舗やイベントで使える決済の仕組みです。地域の皆さんがEcoPayで決済すると、その利用金額に応じて地域の森林クレジットを購入し、カーボンオフセットにつなげることができます。つまり、地域での買い物や飲食、イベント参加といった日常の経済活動が、地域の森林保全活動の資金につながる仕組みです。
地域でお金が使われる。
その一部が森林クレジットを通じて森に戻る。
林業会社の森林保全活動の資金になる。
森がより手入れされ、豊かになっていく。
木材を使うことで森を循環させる。森林クレジットを使うことで森を育てる資金を循環させる。そして、その両方を地域の中で回すことで、地域経済そのものの競争力を高めていく。この構想を実現したいという思いから、私は株式会社Eco Forest Friendlyを創業しました。森を守ることと、地域経済を動かすことは、本来別々のものではありません。むしろ、地域の森林資源をきちんと活かすことができれば、森も地域も同時に豊かにしていくことができるはずです。地域材が使われることで、植林や間伐などの森林保育活動が促進され、森の循環が生まれる。そして、その循環が地域の林業、製材所、プレカット、工務店、建築を支え、未来へと続く豊かな森を育てていく。地域材建築を通じて、地域の森を未来へつなぐ。
林業の現場に入って見えたのは、古い産業の限界ではありませんでした。見えたのは、まだ十分につながっていない価値の存在でした。山には木があります。木には価値があります。森林には環境価値もあります。しかし、その価値を社会へ届ける道筋が十分に整っていない。ならば、その道筋をつくることが、私たちアトツギ世代の役割ではないか。そう考えるようになったことが、後の木材流通システム開発やEco Forest Friendlyの構想につながっていきました。私はその可能性を信じています。

次週に続く

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