林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ①林業という言葉への違和感

□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第21回)  林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ①林業という言葉への違和感
北都留森林組合専務理事兼参事 中田無双
kitaturu@aria.ocn.ne.jp

私は、2002年4月に異業種である出版業界から山梨県にある北都留森林組合へIターン者として就業し、今年で22年目を迎えました。当初は森林組合現場技能職員としてチェンソーを持ち林業現場へ通い、その後、2008年3月に森林組合経営責任者の一人である参事職を拝命し現在に至ります。現場職員、林業経営者、それぞれの立場からこの林業労働災害撲滅へ何をすべきかについての私見を述べさせて頂きます。

(1)林業という言葉への違和感
これまで林業という言葉になんとなく違和感を持ちながら日々仕事をしてきましたが、その違和感の理由は、私たちは『林』を創っているのではなく『森』を創っているという思いがいつもあったことです。そんなモヤモヤした想いに応えてくれた本、池田憲昭氏の著書『多様性 人と森のサスティナブルな関係』に出会いました。池田憲昭氏は、「林業」ではなく「多機能森林業」を日本でやってこうと私たちへ呼び掛けます。「多様性」がサスティナビリティを支える不可欠な要素であり、現代の文明社会が行き詰まっていること、このままでは人類の存続の危機が危ぶまれていることは現在世界共通の認識になっていること、人類の連帯による知性と想像力、変化する力を信じており、その人間力を信じ、自然と調和した豊かで持続可能な未来を創ろうと模索している方々、行動している方々に少しでも勇気やヒントを与えることができればと願い書いた本だと熱く語り掛けます。自然の多様性、自然のサイクルを観察・理解し自然に合わせて自然を活かして樹木を育てることが森林業であるのだと。「森」を「森」として維持しながら原木を利用していくこと、過去に人間が造成した「林」を自然の力を活かし間伐しながら「森」に仕立てていくこと。森林業では伐ることが周りの木々を育てることに繋がり次世代の生命の誕生(天然更新)を促す。直線ではなくサイクル型の生産活動であるこのように自然に合わせた自然を活かした森林マネージメントのことを【近自然的森林業】ということ。経済林、自然保護林、レクレーション林と場所ごとに機能を分離して森を取り扱うのではなく一つの場所で様々な機能を統合的に扱う。生態系や景観、国土を保全する機能のバランスを取りながら経済的利用を行う。このように森林の多面的機能に配慮し維持発展させる森林マネージメントを多機能森林業ということと説明しています。物事の現状と過去を包括的に把握し様々な方向にバランスの取れた実現可能な未来のソリューションを導き出しその実践プランをつくること。木の畑作はリスクが大きすぎる。日本にあるせっかくの大きな財産を台無しにしてしまう可能性がある。また生産力が高く多様な日本の森のポテンシャルをわずかしか使わない木の畑作を継続するのではなく多様なポテンシャルを展開させる森林業に転換することが日本の豊かな自然環境への適切な返礼だと。森林を一つのエコシステムとして捉え最大生産量と最大利潤を求めたモノカルチャー林業畑のエコロジカルな部分でのひ弱さと病気が大量発生するリスク、皆伐や全木収穫(枝葉も切り株も全て取り出す)による土壌力の低下と災害のリスクを指摘しています。それに対して樹種構成が豊かで複層構造で多機能な森林が強固で安定していて土地の生産力を向上させ、天然更新を可能にし、モノカルチャーよりも経済性が高いことを訴えています。
最近の林業現場では、森をまるで工場の如く、安定的な原木の大量生産を求められており、今や林業は「量」による薄利多売業となってしまっています。今の流れが続くことは、「今だけ、金だけ、自分だけ」となり持続可能な森林経営の危機ではないでしょうか。これからの林業経営の在り方として経営が持続し、担い手である林業従事者の雇用が持続し山村社会が元気になり、林業生産の土台である森林生態系の生産力を持続させなければなりません。私たちの管内は、東京に流れる多摩川の源流に位置し、源流域特有の急峻で複雑な地形での林業では北海道や九州のような大規模林業を目指すことは叶いません。山からどれだけの材(量)を出すかでは無く山からどれだけの価値(丸太価格を高めた材)を生産できるのか、売上最大化、林分から収穫できる材の価値を最大に高めながら材の売上増を伸ばし、さらには顧客が求める品質の材を安定供給する産業的役割を担える多品種少量生産による付加価値最大化林業を目指していきたいと考えています。もちろん林業の低コスト化に挑戦しなければならないことは充分理解し、その挑戦を続けていますが、これだけ人件費率の高い産業である林業で拙速な低コスト化を無理に進めようとすると一番先に人件費を下げるという稚拙な経営判断を下す経営者が増えることを危惧しています。
次回は林業経営に関して思う事をお話します。

☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
前後半3回ずつの連載予定で、前半の第1回目です。中田無双氏は出版業界から山梨県の北都留森林組合へIターンされ、現在参事としてご活躍されています。現場職員、林業経営者のそれぞれの経験、立場から、林業のあり方、使命(ミッション)について、池田憲昭氏の著書を引用されながら、日頃の思いを述べておられます。
池田氏は著書の中で、森林の多面的機能に配慮し維持発展させる森林マネージメントを多機能森林業とし、自然の多様性、自然に合わせて自然を活かして樹木を育てることが森林業であり、「多様性」がサスティナビリティを支える不可欠な要素であるとしています。このことは、森林は林地、林木からなる恒続的な有機体であり、これを維持するよう施業するというアルフレッド・メーラーの恒続林思想(1922)を具現化するものです。
木の畑作はリスクが大きすぎるというご指摘ですが、ドイツのカール・ガイヤーは育成単層林を反省して、将来の発展の不確実性と環境リスクに対処できるようにするためには、生態学的に望ましい針広混交林によってのみ提供できるということを、すでに1886年に『混交林』という著書の中で指摘しています。
日本の森林資源が育ってきたからといって、せっかくの大きな財産を台無しにしてしまってはいけないということは中田氏の重要な指摘です。いまや林業は薄利多売業となって、少品種大量生産の産業構造の歯車となってしまっており、この構造から脱却して、多様なポテンシャルを展開させる森林業に転換することが日本の豊かな自然環境への適切な返礼だと主張しておられます。そのうえで、目指すところは、担い手である林業従事者の雇用が持続し山村社会が元気になることです。

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