□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第22回) 林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ②林業経営人材の育成と「森林業」への道
北都留森林組合専務理事兼参事 中田無双
kitaturu@aria.ocn.ne.jp
毎年、各地で優良事業体の表彰が行われていますが会社の黒字が3期続いていれば本当に優良事業体なのでしょうか、そこで働く労働者の給与は低いままで良いのでしょうか、その黒字化している会社は、年間の公休が充分に定められ、職員の給与が安定していて毎年昇給があり、賞与もしっかりと支給されているのでしょうか、儲かっているのは経営者のみで働いている職員が疲弊してはいないでしょうか。今、林業界に一番求められているのは、優秀な林業経営者の育成です。木を伐るのが上手な方が経営者として適任であるとは必ずしも言えません。木を伐ることと経営することは全く別の知識と能力と努力を要するのです。会社経営とは、本来であれば自らの努力により学び実践していくべきものであり、行政が介入し指導すべきものではないのですが、今の日本林業界では、悠長にその自主的な動きを待っていられない時間との勝負が始まっています。優秀な経営者を林業界でしっかり育成する体制を急いで整えていかない限り、どんなに国を挙げた緑の雇用制度などにより新規就業者を積極的に増やしても就職した組織やその会社の経営理念や取り組む林業に絶望し辞めていく人が後を絶たないことを繰り返すこととなります。それどころか林業に絶望した人が増え続けることは林業界にとっても負のイメージを世間に増幅させる最悪なことなのです。
今、日本の林業界は林業経営者の世代交代の時期を迎えており、これから新たに経営を引き継ぐ若い次世代の経営者たちは、これまでの林業界の常識に囚われない柔軟な発想と革新的なビジョンを持ち、異業種他業種から様々な良いものを吸収し新しい林業へ挑戦するイノベーションを起こすことができる絶好の機会が訪れています。林業は森の木々と同じようにその土地に根を張る仕事であり、山村地域社会の進歩発展と一心同体です。林業の成長産業化の実現が地方創生の柱となるのです。全国の林業現場で働く人達の心に火をつけ、皆のヤル気スイッチをオンにできるような、更なる挑戦の必要性に気づき勇気を持ってチャレンジするきっかけになるような、ちょっと背中を押してもらえるようなそんな機会を改めて産学官が一体となり、本気で優秀な林業経営者育成体制を構築していくことを関係者の皆様へご一考頂きたいと願います。
私たちの森と共に生きる仕事は、林業では無く森林業です。これから世の中に「森林業」という言葉が普及していくことを強く願いますので、今回は敢えて「林業」ではなく「森林業」という言葉を使わせて頂きます。
森林業は、他の産業に比べて非常に土着性が強く「Act locally」であり、日々の暮らしや仕事上関わる人間関係も限られた狭い世界で仕事をしていくこととなります。そうした狭い世界で日々ルーティンワークを続けていると世の中はとても広く様々な業種や能力のある優秀な人が沢山いることを忘れ、自分自身が思考停止状態に陥っていることにふと気付き、もし気付くことが出来なければとぞっとすることが多々あります。森林業界はとても狭く、私たちはもっと積極的に異業種多業種と連携しながら仕事をしていく必要があります。森林業界は、このように閉鎖的、保守的かつ慎重で現状維持を好み、進歩的、挑戦的な考え方を嫌う傾向があると感じています。業界の会議に出席しても積極的に意見し、発言する人はほとんどなく、あれだけ静かだった会議が終わった途端に賑やかになる場がほとんどで常々不思議に感じていましたが、こうした理由が原因としてあると理解しました。私は、良く会議で発言するたびに会議が終わった後に「余計なことは言うな!黙ってお上(県職員)の言うことを聴いていればいいんだ。お前が余計なことを言ったことで貰えるもの(補助金のこと)が貰えなくなったらどうするんだ!」とたびたび他の先輩方からお叱りを受けていました。しかし、今、森林業界はこれほどまでに変革、イノベーションが求められているときはなく、今業界全体が変わることができなければ日本の森林業の未来は無いという危機感が私の周りの関係者の間で希薄であることを大変危惧しています。日本の森林業界がこのまま何ひとつ変わることができずにいたら間違いなく未来はありません。その森林業滅亡までのカウントダウンは日々進んでいるのです。しかし、日本の森林業は、万策尽きたわけでは決してなく、目の前にある諸課題に対して異業種、他業界が必死に取り組んでいる創意工夫と改良改善策を謙虚に取り入れ、それらを本気で熱意を持って取り組んでいけば必ず解決していくことができるはずです。最近の若者たちの森林や森林業に対する熱い思いに応えていくためにも必ずや変革を同士と共に成し遂げていきたいと思います。
次回は林業の労働安全への取り組みについてお話します。
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
林業事業体等の経営者の育成を施策にすることはできなくはないとは思いますが、現実には林業後継者や林票経営体の育成対策か林研グループとしての活動への支援にとどまっています。以前は、林業経営者の跡継ぎが大学の林学関係の研究室の研究生や研修生として数年大学に在籍したり、大日本山林会や林業経営者協会といった団体や篤林家自らが、大学の先生を現場に招聘して経営方針や経営状況について教えを請い、森林・林業経営者としての研鑽を積んでいました。しかし、最近はそのような話もほとんど聞きません。森林からの収入が上がらなくて、そのような教育を受けさせる金銭的な負担ができなくなっているからだと思います。さらに、大学教育は林業から森林環境に教育内容をシフトさせていますから、特に林業経営(森林業経営)を教えられる教員が少なくなっている(林業事業体等の経営となるともっと乏しくなる)ことも原因になっていると思います。前者はともかく後者については、森林・林業行政が手を打つのが困難な課題です。儲かるとか学生が集まるということでないと教員の充実は難しいでしょう。
行政がやるしかないという状況であると思います。補助金が罪深い、と当ブログの仲間に言われましたが、儲からない分野で、人を素敵なことをやる方向に動かすのに金で動かそうというのが補助金ですので、素敵なことをやらないならば補助金を取り上げるとアナウンスできるかが第一歩です。国にできるかと言われても、たぶん少しずつしか動かせないと思います。農林水産省が補助金の交付に際して、環境負荷低減のクロスコンプライアンスという取組(環境負荷低減のクロスコンプライアンス:農林水産省 (maff.go.jp))を来年度からやるそうですが、環境負荷低減だけでなく、健康・安全・持続性経営というようなことにもその考え方を厳しくしていくことができればと思います。
しかし、行政が、と言って、行政施策の後追いのような林業(森林業)事業体等の経営者育成対策は筆者の思うところではないようにも感じます。行政と違うことを教わらなければ、経営の強靭さや多様性は生まれません。諸外国のフォレスター等の教えを乞う自治体があるのもその意味があると思います。外国のフォレスターは日本の公務員とは違って、少なくとも民間の経営意識を持っているのではないかと思います。以前、国でもドイツなどのフォレスターを招聘して森林組合や事業体の研修を行ったことがありました。お金がかかった割には若干の効果しか得られなかったので続けられなかったのですが、としても、今でもその流れが一部の自治体にはあるので、行政としてできることがあると思います。
なお、私はまだ読んでいませんが、インターネットの広告情報を見る限り、「世界は経営でできている」(講談社現代新書)という本が、もしかすると、今の業界の現状を言い当てていて処方箋になるかもしれないなあ、と今回のブログを読みながら思いました。