林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ③安全管理特別指導事業場指定へ 

□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第23回)  林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ③安全管理特別指導事業場指定へ
北都留森林組合専務理事兼参事 中田無双
kitaturu@aria.ocn.ne.jp

安全管理特別指導事業場指定(通称は安特)とは、労災が多発し重篤な労災が発生している事業場に対して、都道府県労働局が「労働災害の防止を図るため総合的な改善を講ずる必要がある」と認められたときに指定されます。北都留森林組合は山梨県内の林業事業体では初めて2011年にその指定を受けてしまいました。お陰様で当組合の取り組みや改善努力が認められ1年で解除された訳ですが、恐らく林業界では指定される事例が少なく、その話を聞く機会は少ないかと思いますので、労働局からレッテルを貼られた時の貴重な経験についてお伝えします。
当時、私たちは想定外の不運が続いていました。事務所が放火され所有する大型トラックやグラップル、フォークリフト、チェンソー等林業現場で必要な道具類約3,000万円以上が全て消失した上、新規取引を始めた取引先が倒産し約1,000万円以上の請負費が回収不能となりと次から次へと不幸な事件が立て続けに起こりました。
当時は、当組合には経営理念すらなく、事業内容は切捨間伐と公共事業が中心で搬出間伐は僅かで、森林整備センターや林業公社等の公共事業が柱事業でした。管内には林道や作業道が約5m/ha程度しか入っていないため搬出できる山が限られていました。道づくりは行政任せでしたが地方行政財政は大変厳しく、新しい林道開設は皆無でした。また、職員の給与も日給制で昇給基準も明確な人事考課制度も無く定着率は非常に低かったのですが、改革する機運は組合内には全くありませんでした。発生してしまった損害は、不可抗力により発生したものでしたが、組合側から特に職員への明確な指示もなく、職員は各自の判断で、それら損害を挽回すべく作業スピードを重視した無理な伐採作業を繰り返していました。その結果、小さな労災事故が頻繁に発生していた中、ついに伐採中に木に挟まれ内臓破裂という重大事故を発生させてしまいました。幸い怪我をした職員は、命に別状はなく、今でも当組合班長として組合の中心的柱として現場で活躍しています。
この事故がきっかけとなり、当組合は山梨県内林業界で初となる安全管理特別指導事業場指定(以降「安特」という)に指定されました。
(安特)に指定されるとまず、最初に改善計画書を自ら考え提出します。そしてその計画に基づき1年間、地域の労働基準監督署の指導を受けながらの抜き打ち安全パトロールなどを行いながら、各現場へ安全衛生責任者である参事職の私と労働基準監督署専門官とが同行しながら現場の安全対策の徹底が続きます。この時、私は初めて職員全員と本気の話し合いを行いました。この(安特)の指定を決して後ろ向きではなく良い機会と前向きに捉え、労働局から言われた事だけに消極的に取り組むのではなく、これをきっかけに自分たちに考えうる出来得る全ての安全対策を徹底的に積極的に実施していくことを確認し合いました。あらゆる取り組みを実施した上で、それでも尚、労災災害発生抑制が実現できなければ私は辞職する覚悟であることを皆に伝えました。
一番はじめに、当組合も会員である地域にある林業団体協議会(山梨県東部地区にある3森林組合、16民間事業体が会員)に相談し、他業者へ安全指導を仰ぎました。私たちは普段、他の森林組合や林業事業体と一緒に仕事をする機会はほとんどありません。私たちの安全会議にも参加を頂き、私たちの安全への考え方やKYミーティング、リスクアセスメントなどの取り組み、現場での伐採手順などへ自分たちが組織外の第三者から評価される経験は大変刺激的でした。ある民間会社の社長からは「お前達は下手だから怪我をする」という言葉は真理でもあり、また大きな発奮材料となりました。その後、自分たちの伐採中の映像を動画で撮影し、継続して開催している安全会議の中で、全ての職員の目で伐採している映像を分析することも続けています。自分が伐っている動画を他人に見られることには恥ずかしさなどもあり少し抵抗がありますが、自分の伐り方を客観的に自分自身で観ること、他者から評価されることは今では貴重な学びの機会となっており、伐倒技術向上に良い影響を与えています。
また、お金で買える安全は全て買うという考えのもと、最新のヘルメット、防護ズボン、林業用ブーツ等々職員が身につける防具等は全て組合側から支給するようにしています。特に夏場の下刈時の熱中症予防のために導入した「空調服」は業界では先んじて導入しましたが、導入後は熱中症を発症することは無くなり、それ以上に暑さの中での下刈が楽になったことにより一人当たりの下刈面積も増え、収益性向上にも貢献しています。組織が本気で安全対策に取り組んでいることは、職員へ必ず伝わり、職員もまた更に本気で取り組んでくれるという良い相乗効果が発揮されます。
私は(安特)に指定され1年間、労働基準監督署専門官と色々な相談や話をしましたが、その中で「なぜわざわざ安全パトロールを実施するのか。見に行くのがわかっていれば必ず現場はしっかりと準備しているでしょう」と疑問に思い聞いたところ専門官が「安全パトロールは、その時に現場の人が100点満点の対応が出来ているかどうかを確認するためなのです。もし私が行った時にそれが出来ていなければ普段はもっと酷い状況で作業していることが想像できます。法令等遵守が徹底されているか、安全対策がしっかり出来ているか、作業手順に問題がないか、現場で働く人がそうしたことをしっかりと理解した上が作業を行なっていることを確認するためにも安全パトロールは大事なんです。何が危険かを知った上で作業しているのと知らずに作業するのとでは災害防止、危険回避で大きな差が出てくるのです。」と納得の回答を頂きました。
次回は5月の掲載になりますが、安全な作業の土台となる制度や作業単価の設定に関する疑問についてお伝えします。

☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

県労働局から安全管理特別指導事業場(安特)の指定を受けた時の貴重な経験談です。当時、組合には経営理念や明確な人事考課制度も無く、改革する機運もありませんでした。地域に競合相手がなければ、ある時点まではそれで誤魔化せて組織を維持できるかもしれません。しかし、必ず破綻が訪れます。
安特指定をきっかけに、自分の技術を自分自身で客観的に観ることに全員で取り組み、他者から評価されることで、目覚めていきました。見られるということは見せるということで、見せることができてはじめて自分を理解できます。こういう努力を続けていきました。管理者が掛け声だけで本気を示さないと、組織一丸となることができません。
安全パトロールも、現場で働く人が基本的事項を理解してその上で何が危険かを知って作業を行なっているかどうかの個人の内面に目を向けたチェックです。何が危険かを知った上で作業しているのと知らずに作業するのとでは災害防止、危険回避で大きな差が出てきます。職場で何が当たり前で、当たり前のことをどうしたら当たり前にするかから始まります。

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