森林管理の副収入

□ 椎野潤ブログ(金融研究会第12回) 森林管理の副収入

 

文責:角花菊次郎

流行り言葉。思い返せばバブル崩壊後の1990年代あたりから経済、社会、環境分野で3文字アルファベットやカタカナ言葉が流行り出しました。

経済価値至上主義が数々の弊害を生んだ反省からでしょう、企業分野では、CSR(企業の社会的責任:責任のある行動をとっているか)やCSV(共通価値の創造:儲けながら社会・環境課題を解決しているか)、そしてその取り組みの宣伝としてIR(インベスター・リレーションズ)と呼ばれる情報の積極的開示が広まりました。社会分野では、2010年代後半からSDGs(持続可能な開発目標:2030年までに不幸な人と傷んだ地球を救うための目標)というかけ声が広まり、投資家もESG(環境・社会・企業統治:企業の持続的成長にとって重要な要素)の課題解決に取り組んでいる企業に投資しようという機運が広まりました。そして、近年では、DX(デジタルトランスフォーメーション:企業がAI、IoT、ビッグデータなどのデジタル技術を活用して業務フローの改善や新たなビジネスモデルを創出する取り組み)で競争を勝ち抜こうとしてみたり、GX(グリーントランスフォーメーション:化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動)で採算を気にしながらも脱炭素社会を生き抜こうとしてみたり。これらの動きは年々深刻さを増す資本主義経済社会の行き詰まりを反映しているかのようです。

さて、林業分野の流行り言葉といえば、ウッドショックがありましたがすでに過ぎ去った感じがします。今、ぼんやりした期待が高まっているのがカーボンクレジット。森林の炭素吸収・蓄積と経済活動で排出される炭素との相殺分をお金にしようとする試み。人工的な行為を自然現象で打ち消す。はたして山林所有者の収入を補填してくれるのでしょうか。

今回話題にしたいのは、「30 by 30(サーティ・バイ・サーティ)」。また新しく流行り言葉に加わりました。生物多様性の損失を止め、人と自然との結びつきを取り戻すことを目指し、2030年までに陸と海の30%以上を保全する世界目標。2022年12月開催のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)で採択されました。どのように確認できたのかよくわかりませんが、環境省によると現在、国内において健全な生態系として保全されている保護地域の割合は、陸で20.5%、海で13.3%だそうです。そもそも2010年開催のCOP10で採択された愛知目標では2020年までに陸17%以上、海10%以上を目標としていましたから、今回、ハードルが上がることとなりました。さらに保全すべき地域の範囲を「保護地域」から「保護地域以外の生物多様性保全に貢献している場所(OECM : Other Effective area based Conservation Measures )」に拡大しました。ややこしい話ですが、「生物多様性保全が主目的ではないものの、生物多様性の長期的な域内保全に貢献する地域」を含めることになったのです。OECM設定エリアの具体的な認定はまだのようですが、人の手が入った里山や社有林なども対象となる可能性がありそうです。またOECMに認定されると、固定資産税軽減などの税制優遇措置やクレジット化などのインセンティブが検討されているようです。

生物多様性をきっちり保全できる再造林・育林を行えば、カーボンクレジット売却による副収入だけでなく、30 by 30による税制優遇やあわよくば生物多様性クレジットまで手に入るかもしれません(環境省は企業版ふるさと納税制度を利用した寄附というかたちでのインセンティブ付与などを考えているとのこと。)。

放置林など管理が不十分な森林を健全な森林に戻し、継続して管理していくためにはお金がかかります。流行りが過ぎ去る前に、もらえるお金は積極的にもらいに行きましょう。手間を惜しんでいる場合ではありません。

以 上

 

☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

2文字や3文字の略称は便利なときもありますが、お念仏のように乱発されると響きが空疎になっていきます。CGといえば一般にはコンピュータグラフィックスですが、最近のコーポレート・ガバナンス(CG)も本気で点検が必要な気がします。今夏の異常なまでの暑さと降水、海外の大規模な山火事やエスカレートする内戦、戦争など、人類そのものが絶滅危惧種かもしれません。

COP15の「30 by 30」を聞いたとき、カナダ林業部門の2016年予算のパクリではないかと耳をうたがいました。カナダ政府は、2030年までに温室効果ガスを30%削減することを公約し、これは年間225メガトンの炭素に相当し、カナダ林業部門は2030年までに年間30メガトンのCO2を削減することを公約しました(“30 BY 30” CLIMATE CHANGE CHALLENGEでダウンロード可)。こちらの方がCOP15よりも成果目標として立てやすいです。政府からの上意下達ではなく、林業界が音頭をとって政府を巻き込んで実行していこうという姿勢です。

デンマークはすでに第一次オイルショック後、2025年までに石炭火力発電を廃止し、2030年までに電力消費の半分を風力で、残り半分をバイオガスと廃棄物利用でまかなおうとしました。言葉遊びではなく、着実に実現しようとして力強い努力をしてきました。2030年も2050年もそんなに遠くない将来です。

SDGsに代表されるように、現在持続性が問われていますが、持続性は1992年の地球サミットで経済、生態、社会の持続性がうたわれ、一方で生物多様性も初めて俎上にあがりました。持続性(サステイナブル)と成長のバランスをどうとるかが常に問われていますが、サステイナブルデベロップメントのデベロップメントは開発と発展の意味があり、悩ましい用語の使い方です。かつて欧州では、製塩のために多量の木材を使用したことから、17世紀には持続性という言葉がすでに使われていました。しかし、多様性という言葉はまだ知られていませんでした。

この地球サミットを契機に、例えばスウェーデンでは森林政策の重点を生物多様性に置き、動植物の貴重な生息域の所有者には免税などの措置がとられています。そのため最初に全国の森林のインベントリ(資源調査)を行いました。生物多様性を生態系レベルで捉えるならば、景観スケールになっていきます。OECMの網をすっぽりかぶせることができそうです。

いま日本の経済力の低下に歯止めがかかっていませんが、国力を維持していくには、食料やエネルギーの自給率を上げていくことが基本ではないかと思います。

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