研究者の立場から地域貢献を考える

椎野潤ブログ(加藤研究会第八回)  研究者の立場から地域貢献を考える

 

大学の役割として、教育と人材育成(第7回)、研究開発と社会貢献があります。最近の科学技術に関する大学の役割として社会に貢献する研究開発、先端的な科学技術によるイノベーションが求められています。信州大学などの地方大学では教員の役割の一つとして研究の地域貢献があります。言うは易く行うは難し。出口である地域社会で実装するには、いくつもの業務が増えて、研究時間が減ることを承知の上で、地域に貢献する強い覚悟と気構え、計画変更や障害が起きても柔軟に対応できる心の広さが必要です。

☆研究者

研究者は博士号を取得することが一つのゴールです。そのために科学研究の学会誌に投稿し、学会で発表します。博士取得後は専門家としてプロジェクト申請の代表者や、大学教員への公募申請が可能になります。私は40代前半に信州大学に転出しました。「大学教員は忙しくて大変だ。研究予算と研究時間も減っており、規則や制約もあるので公募しても適任者がなかなか見つからない」と聞かれます。確かに会議や各種委員会の出席、学生の教育と研究室管理での業務や責務も多いですが、“人を育てること、研究成果を地域に生かせること等、こんな素晴らしい職業はない”と自分自身に言い聞かせています。大学は中にいると、学内の事務や産学連携の方々に支えられて、研究環境は恵まれていると思います。

☆研究開発

自分たちが取り組む研究や技術が、世の中に役立つだろうか。研究開発当初は、その時々の背景や依頼課題で取組みますが、3年、5年経過するとニーズも変わってきます。研究所に入所した時の上司から「研究は10発撃って、一つか二つ当たれば良し。すべて外れて日の目を見ないで終わることもある」と言われました。最近の創薬開発の成功確率は30,000分の1、イノベーションは1,000分の1と言われています。

タイムスパンが長い林業分野の中で、研究とニーズのマッチング、良いタイミングに出会うには、時の運もあります。私の場合は、研究当初は大きな研究分野になるとは思っていなかった森林リモートセンシングが、ITやドローン、レーザセンシング技術の進展もあり、精密な森林情報が取得できるようになり、現場で使われるレベルまで情報精度が向上してきました。戦後植栽された人工林が伐採時期を迎え、正確な森林情報をデジタル化し、脱炭素や森林吸収のクレジット、林業・建設業の共通ニーズになり、スマート林業を中心に若手研究者も増え、ITや他分野からの参入競争もあり、活気があります。

研究開発を35年間続けながら、研究進展や将来方向の情報を人工衛星のアンテナのように国内外に向けてきました。転機となったのは、二次元の地球平面データの光学センサから高さを測定できる三次元データのレーザセンシングに研究の幅を広げたことです。国際学会に参加して、覚悟を決めて海外武者修行で3年間、世界トップレベルのフィンランド研究者たちと大学間連携協定を結んで共同研究を実施してきました。レーザ技術の習得は森林科学の研究者には難儀でしたが、日本林業、地域にどのように貢献できるか、三次元データの魅力と新しいこと(アイデア)を見つけ出す研究者のワクワク感が勝りました。プログラム開発、特許出願、国際学会での発表、国際ジャーナルへの投稿、研究室での人材育成につなげています。

☆地域に貢献するには

研究成果を地域に役立てようとすると、自治体、利害関係者との意見調整や多様な質問への回答、依頼ニーズへの対応策と実施計画、予算申請、打合せ等で研究時間が減ります。このことは、若手でバリバリの研究者、研究開発時間を確保したい人、何かに夢中になっている人にとっては、地域貢献はどうしても後回しになります。私も30代の時は研究開発に夢中になっていたので地域貢献や普及は、失礼ですが依頼主にお任せしていました。

研究者が地域貢献を意識するようになるのは、博士号取得や研究開発が一段落して、成果を生かそうと考えるようになった時期だと思います。私は40代後半でした。技術の普及展開で必要な機材を確保するための外部資金の予算要求を行うようになります。公募開始から志を同じにする参画メンバーと内容を調整します。課題申請書には、研究の背景に地域課題と研究目的、研究方法に地域貢献につながる研究開発の手順、社会実装するための産学官の体制、研究結果と展望に地域貢献の具体例と効果を記載します。採択されれば、産学官連携の地域コンソ-シアムを組織化して地域貢献に進みます。成果が生かされ、現場の方から喜ばれることで、取り組んで良かったと実感します。地域貢献の醍醐味です。

☆時を味方にする

研究者の立場や目標(ex.博士号取得)、価値感(ex.研究第一)は、多様で異なります。地域貢献は、皆が直ぐに取り組めるものではありません。経験や加齢によって考え方が変わってきて、研究成果を世の為、地域の為に貢献したいと考える時期がきます。タイムスパンが長い森林・林業分野で、良いタイミングに研究者と依頼主の双方が出会い、お互いの立場を理解して、時を味方にすることで、素晴らしい成果が国内で次々と生まれてくることを願っています。

 

まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二

加藤先生の思いと覚悟が伝わってきました。

大学はビジネスの世界において基本的に中立だと思っていましたが、独立行政法人化で必ずしもそうではない流れが普通にできました。それが良かったかどうかは色々な見方があると思いますが、私は、まさに地域貢献、社会貢献という点で見れば良かったのではないかと思います。研究組織としても教育組織としても、その成果として、社会にどのような貢献をしたのかが大学の存在意義になると思いますし、地方の大学であれば東京の大学と異なり、地域への貢献が期待されていると思います。

自然科学において基礎研究をしっかり進めることはたいへん重要であることは勿論ですが、いわゆる農学系の研究は現場へ応用できること、いわゆる技術開発が重要だと思っています。私も、そのような研究、技術開発を応援してきたつもりです。森林や林業が外(都市)から地域社会に収入(お金)を流れ込ませることが拡大すれば、よりその流れを妥当なものにする、確固たるものにする研究、技術開発の成果を求めるニーズも大きくなります。

林野庁の部長をやっている頃、ある大学で講演したときに、学生から、森林科学を学び、研究することが私の立場でどう社会の役に立つと期待しているのか、と問われました。私は、山村振興、地方の再生にあると答えましたが、その学生は、そんなに小さなことなのか(というニュアンスだったと思います)とがっかりされました。世界の問題解決、日本が先端になる森林・林業研究ということを期待した質問だったのでしょうが、その時もこれからも、私は山村・地方の現場に喜ばれる研究、技術開発が進展することを望んでいます。

 

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