林業再生・山村振興への一言(再開)
2020年12月(№62)
□ 椎野潤(続)ブログ(273)木材建築 ユネスコ無形文化遺産に登録
塩地博文の大型パネル事業(1)木造住宅の次世代に向けた大改革 2020年12月22日
☆前書き
2020年11月17日の日本経済新聞(参考資料1)に、木造建築の技術がユネスコの無形文化財に登録されることが出ていました。今日は、このことからブログを書き始めます。このブログを書いている内に、塩地博文さんが送ってくださっていた、大型パネル事業の貴重な論文を思い出しました。木造住宅を作っている大工の頭脳も、現代の無形文化財なのです。今日は、これについて、本格的に書きます。
☆引用
「文化庁は、2020年11月17日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の評価機関が、宮大工や左官職人らが継承する「伝統建築工匠(こうしょう)の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」を、無形文化遺産に登録するよう勧告したと発表した。12月14〜19日にオンライン開催されるユネスコ政府間委員会で正式に登録が決まる見通しだ。」
☆解説
この対象は、大工や左官など17分野の技術です。瓦屋根やかやぶき屋根、建具や畳の制作のほか、建物の外観や内装に施す装飾や彩色、漆塗りも含まれます。勧告は、古くから大工の棟梁(とうりょう)らが「弟子を鍛え、知識や技術を伝えてきた」と評価しました。屋根ふきなど一部の作業には地域の住民が関わることがあり、社会の結束を強める役割もあるとしています。全て国の「選定保存技術」になっています。日本伝統技術保存会(大阪府東大阪市)などの14の保存団体により認定されています。
☆まとめ
これは、古くから守り続けられてきた、貴重な伝統工芸を守る技術です。しかし、この中に、含まれている「大工」の技術だけは、ただ一つの例外なのです。ここで対象となっている「大工」は、「宮大工」の伝統工芸だけでなく、現在も、多くの日本人が生活している木造住宅を支えているのです。木造住宅の建設を支えているのは、大工の「頭脳」と「技術」です。ユネスコの登録には含まれていませんが、木造住宅大工の頭脳も、事実上,無形文化遺産だと私は思っています。
この伝統的工芸についてのブログを書き始めた時、木造住宅作りの「次世代に向けた大改革」を進めておられる、塩地博文さんから送られてきた論文に、まさに、そのことが書かれていたのです。これは奇遇でした。今日は、これを書いて、皆に伝えねばならないと、強く思いました。それで、このブログは、その話へ移行することになりました。塩地さんが送ってくださった論文は、「大型パネル(注1)事業とは何か(参考資料2〜5)」です。今日は、ここからは、この「大型パネル事業」についてブログを書きます。塩地さんは、参考資料4の論文の中で、以下のように述べられています。
「ビルのような高度な建築を行う場合、ゼネコン(注2)を頂点として、サブコン(注3)と言われる部分施工に責任を果たす専門業者が、分業体系を構築しています。サブコン(注3)とは、各種工事の専門家であり、自分の施工部分については、「施工図(注4)」という施工者側の視線にたった図面を作図して、それをゼネコンに承認してもらい、施工図に従って、工事を完遂します。
木造建築では、この「施工図(注4)」が作成されていない場合が殆どです。施工図は、大工の脳の中で作図され、エビデンス(注5)としては表に出ていません。大工は、各所の納まりを、自らの経験を元に頭の中で作図しています。柱と梁(注6)という構造材(注7)は、プレカット(注8)を通じることで、データ化され標準化されていますが、羽柄材(注9)が中心となる壁の内部、屋根、軒などは、大工が現場で、自らの脳内の作図に従って施工(注4)をしています。従って、その材料の手配は、事前の準備はできず、その場で「足りない」「余っている」が発生してしまうのです。
足りない、余っているが日常的に発生すると、歩留まり(注10)に関する意識が低下します。日常会話の中で、「多めに入れておきましたから」と大工にプレカット業者が伝える場面によく出くわしますが、足りないためにトラックをもう一度走らせるより、余る方が良いと言う商習慣が、出来上がっています。
施工図(注4)を作成し、そのジャストのサイズをジャストイン(注11)で供給すれば、このような乱暴な材料棄損は改善します。でも施工図(注4)が無いために、工場での事前生産が出来ず、材料を現場で加工し、大工は取付に専念できずに、作業速度が上がりません。加えて、一つ一つの納まりを現場で考えるため思考時間がかかり、作業速度を落としています。脳内と言えども、作図したにも関わらず、その作図費用はエビデンス(注5)が無いために、作業対象から外されて、対価を得ることが出来ません。
この施工図(注4)の不在は、更に深刻な問題を発生させています。施工図は施工者側の目線での図面ですが、意匠図(注12)と軸組図(注13)で生産されている木造建築は、その使用される材料に、重量を表示する習慣がありません。材料のスペック(注14)などは表示されていますが、重量・荷姿が示されていないため、大工は、ヒューマンスケール(注15)を超えた重たい建材を、扱う事を強要されています。その好例がサッシ(注16)です。省エネの方針から、建築物には高断熱(注17)、高気密化(注18)の流れが加速しています。ガラスが二重、三重になったサッシ(注16)が主流になっていて、その重量は100キログラムをオーバーするケースも多いのです。取り扱いに時間を要し、施工精度が上がりません。さらに大工の肉体的な毀損を招きます。これは施工者側の目線によるガイドラインも対応策も未整備だからです。
大型パネル(注1)では、この施工図(注4)を、短時間で正確に作成するソフトウエア(WSpanel、注19)の自社開発に、成功しました。そのため、このソフトウエアで、自在にパネル化が出来るようになりました。輸送効率、施工効率を事前に設計できるようになったのです。(参考資料4から引用)
さらに、塩地さんは、その論文(その2、参考資料3)で、以下のように書かれておられます。
「プレカットという工業化は、海外材(注20)を成長させて、国産材(注21)と大工を疲弊させていたのです。すなわち、木造建築のサプライチェーン(注22)を実現するには、プレカットだけでは不十分なのです。ここで、大型パネルの出番になります。
プレカットと大型パネルの最大の違いを、直視してみますと、それは立ち位置の違いだと言うことがわかります。プレカットは材料側、それも柱・梁、その仕口(注23)加工に限定された工業化なのです。大型パネルは、材料側では無く、建築側に立っています。建築側の視座(注24)で、成立しているのが大型パネルです。木造建築を起点とするサプライチェーンを構築しない限り、国産材(注21)と大工の疲弊は止まらないと、私は考えています。」(以上、塩地博文記、参考資料3から引用)」
結局、塩地さんの大型パネル(注1)改革によるサブライチェーン(注22)の構築がなければ、国産材の疲弊は止まらないのです。私が、一生懸命に努力している「林業再生と山村振興」の改革の進行は難しいのです。今、何よりも先に、これを進めねばなりません。2020年は、年末の最後に、凄い問題解決の扉に突き当たりました。2021年に挑むべき、大きな挑戦の目標が見つかりました。
次回のブログで、塩地さんから謹呈された、貴重な論文の全文を発信します。これは塩地さんに、出来るだけわかりやすく書いていただきました。私も、可能な限り付注をつけました。それでも、私のブログの読者には、わかりにくいかもしれません。林野分野と建築分野は、言葉が違うからです。また、説明されている内容が、極めて遠大だからです。でも、頑張って読んでください。大きな宝物が見つかるはずです。(椎野 潤記述)
(注1)大型パネル:あらかじめ工場において、構造材・面材・間柱・断熱材・サッシを一体化したパネル。従来のパネルと異なり、柱・梁などの構造材まで一つのパネルに組み込んであり、現場での組立ては通常の金物工法とまったく同じ。大幅な工期短縮等、数々のメリットが生まれる。
(注2)ゼネコン:ゼネラルコンストラクターの略、総合建設会社。
(注3)サブコン:サブコンストラクターの略、総合建設会社の下請け企業。
(注4)施工図:設計図書を元に建築物を施工する過程で、実際の現場の状況や、建具・設備などの収まりを反映させた生産設計派生図面の総称である。施工:建設現場での生産。
(注5)エビデンス:証拠・根拠、証言、形跡などを意味する英単語”evidence” に由来する、外来の日本語。
(注6)柱:直立して上の加重を支える材。梁:上部の重みを支えるため柱上に架する水平材。
(注7)構造材:家の骨組に使われる材料のこと。具体的には、土台・柱・梁(はり)・桁(けた)・母屋(もや)などの材料のこと。
(注8)プレカット:言葉の本来の意味は、事前に加工しておくこと。木造住宅の柱・梁の仕口の加工は大工が現場で実施してきた。近年、工場に加工機を置いて、木材の現場への搬入前に,事前に加工しするようになった。このことから、木造住宅の柱、梁の仕口の加工をプレカットと呼ぶようになった。
(注9)羽柄材:構造材を補う材料や下地材のこと。具体的には、垂木(たるき)・筋交い(すじかい)・間柱(まばしら)・根太(ねだ)などのことを言う。
(注10)歩留り:生産全般において、「原料(素材)の投入量から期待される生産量に対して、実際に得られた製品生産数(量)の比率」のこと。 また、歩留まり率(ぶどまりりつ)は、歩留まりの具体的比率を意味し、生産性や効率性の優劣を量る一つの目安となる。
(注11)ジャストイン:ジャストインタイム生産システム(Just In Time:JIT)は、生産過程において、各工程に必要な物を、必要な時に、必要な量だけ供給することで在庫(あるいは経費)を徹底的に減らして生産活動を行う技術体系(生産技術)をいう。
(注12)意匠図: 建物全体の形態や、間取りなどの意匠(デザイン)・仕様を伝える図面のこと。設計図書のうち、「構造設計図」「設備設計図」以外の図面全般を指す。
(注13)軸組図:木造軸組工法 の構造を示すものを軸組といい、主として 柱、胴差、筋違、梁などで構成される。軸組の状況(使用部材、接合状況)を表した図面を、軸組図という。
(注14)スペック:工業製品の仕様あるいは性能。Specificationの略。
(注15)ヒューマンスケール:物の持ちやすさ、道具の使いやすさ、住宅の住みやすさなど、その物自体の大きさや人と空間との関係を、人間の身体や体の一部分の大きさを尺度にして考えること。
(注16)サッシ:窓枠として用いる建材のこと。窓枠を用いた建具であるサッシ窓そのものをサッシと呼ぶことも多い。
(注17)高断熱な家:外壁と内壁の間に断熱材を入れたり、断熱性の高い窓を採用して断熱性能を高めているのが高断熱な家である。断熱材:物理・化学的物性により熱移動・熱伝達を減少させるものの総称。屋外が寒くなる時にそなえ、室内が寒くならないように外壁などに貼る。
(注18)高気密化住宅:建具や天井と壁の接合部分のすき間を少なくし、気密性を高め、省エネルギー 効果と快適性を両立させることを目的とした住宅のこと。
(注19)WSpanel:プレカット材の伏図と軸組図(注13)から生産工場向け施工図を作成するソフト。伏図:基礎や床組み、建築物の構造などの骨組みを、真上から見下ろした形(または真下から見上げた形)で描いた平面図のこと。
(注20)海外材:海外から輸入される木材。主として、欧州から輸入される欧州材、北米から輸入される米松、ニュージーランドから輸入されるニュージーランド材、ロシアから輸入されるロシア材である。
(注21)国産材:日本国内の山林で育てられた樹木を国内で加工した木材。
(注22)サプライチェーン: 商品やサービスの供給の連鎖のこと。狭い意味では、製品が消費者に渡るまでの供給の連鎖を示しており、広い意味では、原材料からリサイクルにいたる広大なサプライの連鎖を示している。
(注23)DX化:デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation; DX):「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である。ビジネス用語としては定義・解釈が多義的であるが、おおむね「企業がテクノロジーを利用して事業の業績や対象範囲を根底から変化させる」 という意味で用いられる。DX化:DXを進めること。
(注23)仕口:木材を接合する時の継ぎ手の切り刻んだ面。
(注24)建築側の視座:大型パネルを見る視点として、材料からではなく、建築設計や建築施工など、建築側から見る視点。
(注30)フルプレカット:柱・梁の仕口ばかりでなく、羽柄材まで含めて全てをプレカットすること。
参考資料
(1)日本経済新聞、2020年11月17日。
(2)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その1)、2020年11月10日。
(3)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その2)、2020年11月11日。
(4)塩地博文著:大型パネル事業とは何か(その3)、2020年11月12日。
(5)塩地博文著:大型パネルはDX事業、木造DXは、大工不足と国産材低迷の特効薬、ウットステーション株式会社。
[付記]2020年12月22日。