☆巻頭の一言
前回のブログまで3回にわたって、南九州鹿児島の南端に成立した「おおすみ100年の森」について、ご報告しました。今回は、その4回目として、フォレスターズ合同会社の小森胤樹さんと、前回3回の討論を実施してきた「大隅100年の森」の代表理事、大竹野千里さんとの対談をとりあげて報告します。(椎野潤記)。
林業再生・山村振興への一言(再開)
2022年5月(№204)
□ 椎野潤(新)ブログ(415) 小森胤樹ブログ 南九州の森林再生・山村振興(その4)対談 小森胤樹 VS 大竹野千里 2022年5月3日
☆前書き
小森胤樹さんから、[「おおすみ100年の森」 対談 小森胤樹 VS 大竹野千里]と題するブログ原稿が寄稿されました。今日は、これを引用して報告します。(椎野潤 記)。
☆引用
「おおすみ100年の森」 対談 小森胤樹 VS 大竹野千里
小森胤樹
私が大竹野千里さんと初めてお会いしたのは、2021年2月4日でした。椎野先生から前南大隅町長の森田俊彦さんをご紹介頂き、南大隅町にて開催していただいた勉強会の場でした。参加者の方は、大隅半島の市町村職員の方、製材業の方、林業事業体の方まで、40名ほどご参加いただきました。
その勉強会の講師としてうかがい、お話しした内容の表題は、「地域の森林管理をどう考えるのか 〜ゴールはどこなのか〜」というものでした。
大竹野さんは、駿河木材株式会社の(http://www.surugamokuzai.co.jp/company/)代表をされていて、また3人のお子さんのお母さんでもあります。先日の森田さんからの報告ブログにありましたように、大隅半島に、NPO法人「おおすみ百年の森」が誕生することが決まりました。その代表理事をされる、大竹野さんにもう少し深く、どのような思いで、NPOを立ち上げ、自分が中心となる覚悟を決めたのかを伺いたいと思います。
では、大竹野さんよろしくお願いします。
小森:地域の森林の現状をどのようにとらえていますか?
大竹野:川上(山の現場)は人工林の充実と高性能林業機械の普及、またウッドショックによる木材価格の上昇もあり、再造林を行わない伐採業者による皆伐が増えています。また、1951年(昭和26年)に制定された森林法による伐採届が、利用期を迎えた森林資源と合わなくなったこともあり、再造林が伐採量に追いついていません。つまり、本来ならば循環利用がなされるべき大隅流域の森林資源が、加速度的に失われているという現状があります。
また川中(原木市場)は、大量消費が必要な大手企業や輸出材に左右され、地元の製材所が必要とするコアな質、サイズの原木がなかなか出回わらない。結果、地元消費者の多種多様なニーズに応えられず木材業界の不信(不振)につながっています。
そして川下(製材・建築)は、消費者の環境問題に対する高い関心に対応した木材、つまり認証材を取り扱うことができないため、販売に苦慮しているという現状です。
小森:なるほど、岐阜にいて、九州に近年増えてきた大型製材工場への木材供給や、志布志港から中国への木材輸出などを情報としては耳にしますが、その現場を日々実感しているわけですね。
広域の団体を作るに至った経緯はどうだったのでしょうか?
大竹野:これまで私たちは、2020年(令和2年)4月より、任意団体『おおすみ「100年の森」構想協議会』を設立し、毎月、会議を重ね、大隅地域の森林経営に関する事、都市部と本地域との連携のあり方に関する事、大隅地域の振興発展に関する事などを協議してきました。2020年(令和2年)10月には、肝属2市4町(鹿屋市、肝付市、錦江町、南大隅町、東串良町)の林務担当部署との情報共有や森林環境譲与税(注3)の活用等に対する協議を行ってきました。
小森:毎月のように関係者が会議を重ね、一年でこのような動きになった原動力はどのにあったと思いますか?
大竹野: 確かに2市4町という広域、加えて川上川中川下の事業体が一つにまとまるのは他に例がないと思います。その原動力は「おおすみ」という地域性と、「おおすみ」が抱える林業問題にあると思います。
最初にも言いましたが、大隅半島の民間の山々は、今、昔の2、3倍の速さで皆伐されています。それも、多くは地域外の業者が作業し、その材を地域外へ運び出しています。
民間の山は個人資産なので誰がどうしようと何ら法的に問題はありません。しかし、この後には荒れた山々が残り、地元住民には自然災害に怯える生活が始まります。更に悪いことに、地元製材屋さん、建築屋さんに材が回らないので、地元林業界は苦労します。
苦労する業界に地域の人は「やっぱり山は儲からないのだ」と山離れが加速し山の荒廃が進む。まさに、負のスパイラルが起こっているのです。
山の荒廃は地域の荒廃です。「このままでは、大隅から林業がなくなる。つまり大隅に未来がなくなってしまう」という強い危機感を、みなさんはお持ちでした。
これを危機感だけで終わらせなかったのが「おおすみ」の地域性だと考えます。大隅は県内でも上位の過疎先進地ですが、一方で地域コミュニティーが色濃く残っている地域でもあります。「われわれは大隅で生まれ育った」という意識、これが大隅地域に恩義を返そうという強い動機になったと思います。
小森:この会の考える「100年の森」とはどのようなビジョンなのでしょうか?
大竹野:我々が目指すのは、「人の手によって管理された多様性に富んだ大隅半島の森」作りです。ここで言う「人」というのは、孫やひ孫の世代であり、「管理」されたとは、どこにどんな山があるのかきちんとデータとして把握し続けると言う事です。大隅の山全体をきちんと把握した上で、木材生産の山、林産物生産の山、レジャー・教育の山など多様性を持った大隅の森作りをすることです。
100年後のひ孫の時代を、我々は想像することはできません。それでも100年後も自然豊かな森が必要なことは、誰も疑うことはないでしょう。
変わり続ける時代の中で変わらない森があり続けるためには、何が必要でしょうか。時代と共に変わるのは、「森と人との関係」です。
我々は多様性のある森とそれを守り続けるシステムを作ります。つまり時代と共に変わり続ける人と、変わらない森との関わり方を、我々は後世に残したいと願っています。
そのために今、我々は地域の地場産業として、自分達できちんと稼げる林産業にならなければいけないと考えています。
小森:なるほど思いがよくわかりました。大竹野さん(団体)として、地域の林産業がどのようになることが望ましいとお考えでしょうか?
大竹野:今こそ、大隅に川上・川中・川下の強固たる林業サプライチェーンを構築し、安定した木材供給に支えられた大隅木材のブランドを作ることが急務です。そして公共性持続性が高いという付加価値を持った「大隅ブランド材」を住民に浸透させます。次に自然環境に関心の高い都市部富裕層を中心に大隅ブランド材を売り出し、その生産地である大隅の森に「人と森との新しい関係」として人々を呼び込み、地域振興を図る。これこそが、今考えられる持続可能な成長産業だと考えています。
大隅を支える持続的な地場産業へ大隅林業界を再構築し、さらにその稼ぐ林産業を通して多様性公益機能のある森を大隅に蘇らせる。それが、「おおすみ100年の森」構想です。
小森:ありがとうございます。団体をNPOとした理由はあるのですか?
大竹野:大隅地域の森林資源の恩恵である「大隅材」を川上〜川下のサプライチェーンの構築によって、利活用の規模と内容が拡大しても、個人の利益を追求するのではなく、地域の受け皿としての機能を果たすためNPO団体として立ち上げました。
小森:参画団体が自社の利益追求をするのではなく、地域林業が持続可能な形で成り立った結果、個々の事業も持続可能になる(利益が出る)という理解でいいでしょうか?
大竹野:その通りです。2015年に始まった世界的SDGs(注1)の取り組みを見ても、企業利益だけを追求する社会は終わりを迎えています。これからは、地域に地球にどれだけ貢献している企業であるか、が求められる時代です。
NPOとしたもう一つの理由に公益性があります。我々の活動は行政との連携なくしては成り立ちません。持続可能な中山間地域(注2)の交流活動における公益性のある団体であることを示すためにもNPOとしました。森林経営管理制度(注3)と森林環境譲与税(注4)の持続可能な在り方や活用の実践を通し、他の地域も抱える林産業の課題解決の一助となることができます。稼ぐだけではない地域振興までという本当の意味での地場産業を実現し発信することで、関係人口の増加や移住定住を促進し、大隅半島の発展に寄与することができます。
小森:おおすみ100年の森として、今後具体的にどんな活動をしていくのでしょうか?
大竹野:次にあげる取り組みをしていこうと考えています。
取組1:光の入る森づくり〜多面的機能を有する山の持続的管理〜
人工林を放っておくと枝葉が生い茂り、下草が生えず、森林の天然ダムとしての役割を失い深刻な土砂災害につながります。また、密集しすぎると木々の成長が遅れ、木材としての質や量が損なわれます。山に適度な道を通じた光の入る森作りを通して、良質な木材を生産するだけでなく、CO2削減や2050カーボンニュートラル(注5)などに寄与します。
取組2:認証林を中心とした大隅木材サプライチェーン(注6)の構築と大隅木材のブランド化
大隅半島から切り出した木材を地元製材所で加工し大隅で消費する、大隅産木材のサプライチェーンの構築とそれによる地元大隅の地場産業として地域振興に寄与します。信頼と大義でつながったサプライチェーン(注6)のためにもSGEC(注7)など国際的かつ第三者的グループ認証の取得と活用に取り組みます。
取組3:森と人との新しい関係つくり。
世代を超えて受け継がれてきた山を次世代、さらに次の世代へと受け継ぐために、森林の恵みを分かち合い、変わり続ける取り組みを提案・実行し、それを情報発信して、関わる人たちの輪を広げていく活動に取り組みます。都市と中山間地域(注2)との橋渡しを行い「森と人との新しい関係つくり」を提案します。
小森:詳しいご説明ありがとうございました。NPO法人 おおすみ100年の森さんの今後の動きにとても期待しています。今回はお話いただきありがとうございました。
大竹野:最後に「まとめ」をお話しします。
私は、大隅で生まれ育ち、一度外へ出たあと結婚を機に大隅に戻ってきました。そして ここで子育てをしようとした矢先、林業の荒廃を知り絶望しました。しかし、その絶望の中、この林産業界を何とかしようと志高く取り組まれている先輩たちの存在を知りました。
今回、若輩者ながら理事長の役を受けたのは、先輩たちの思いや考え方を後世へ渡す橋渡し役が自分だと思ったからです。今、大隅で起きている林業問題は、いずれ必ずみなさんの地域にも波及していくと思います。どうぞ私たちNPOおおすみ100年の森に、ご支援をお願いします。
(注1)SDGs(Sustainable Development Goals)=持続可能な開発目標:17の世界的目標、169の達成基準、232の指標からなる持続可能な開発のための国際的な開発目標 。
(注2)中山間地域:日本における地域区分のひとつで、平野の外縁部から山間地にかけての地域を指す。日本の国土面積の約7割を占めている 。
(注3)森林経営管理制度:間伐などの経営管理が行われていない森林について、適切な経営や管理の確保を図るため、市町村が仲介役となり、自ら管理することが難しい森林所有者と林業経営者をつなぐ制度。 この制度を活用して、健全な森づくりを進め、山地崩壊の防止や水源のかん養、木材の生産など、森林の持つ多面的機能を発揮して行く。
(注4)森林環境税=森林環境譲与税: 森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律(平成31年3月29日法律第3号)に基づき、市町村及び都道府県が実施する森林の整備及びその促進に関する施策の財源に充てるため、個人住民税均等割に上乗せして課される税金である。国の課す税金であるが、実際の徴収は個人住民税に併せて市町村が行う。その収入額は、森林環境譲与税とし、市町村及び都道府県に対して譲与される。
(注5)カーボンニュートラル (carbon neutrality):環境化学の用語の一つ、または製造業における環境問題に対する活動の用語の一つ。日本語では炭素中立と言う。何かを生産したり、一連の人為的活動を行った際に、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量にするという考え方を示す 。
(注6)サプライチェーン:部材の製造から製品の流れ、情報の流れを合理化して、顧客に提供する価値の増大を図り続ける総合的な活動。サプライチェーンマネジメント:サプライチェーンをマネジメントすること。森林〜家作りサプライチェーン:林業から製材・プレカットを経て、家作りに至る長大なサプライチェーン。上流・中流・下流の3段階を形成する。
(注7)SGEC:日本の森林認証制度。森林認証制度とは、適正に管理された森林から産出した木材などに認証マークを付けることによって、持続可能な森林の利用と保護を図ろうとする制度。環境ラベリング制度のひとつ。独立した第三者機関が評価・認証する制度。木材産出地域の森林管理を評価する制度であることから木材認証制度とも呼ばれる。
参考資料
(1)KKB鹿児島放送2021年11月9日放送 ふる熱人「“木育”で未来につなぐ森林づくり」、2022年4月20日。
(2)https://www.youtube.com/watch?v=d16JXPFIc0Y
[付記]2022年5月3日。
[追記 東京大学名誉教授 酒井秀夫先生の指導文]
[指導を受けたブログ名:□ 椎野潤(新)ブログ(414) 森田俊彦ブログ 南九州の林業再生・山村振興(その3)「おおすみ100年の森」サプライチェーン川上グループの討論 2022年4月29日
文月恵理様
ブログ配信ありがとうございます。
前回に続き、森田さんによる川上側のお三方への聞き取りが紹介され、椎野先生もまとめておられますが、今回もハッとするような現場の声が届けられています。
おおすみ「100年の森」では、「人の手によって管理された多様性に富んだ大隅半島の森」作りを目指しておられ、ここで言う「人」とは、孫やひ孫の世代とのことで、未来を見据えておられます。サプライチェーンも、各人の信頼と未来の子供達へという共通の想いがなければつながらないとのことです。
「管理」された森とは、どこにどんな山があるのかを、きちんとデータとして把握し続けると言うことで、文月さんの信念とも一致しています。
大竹野さんは、具体的に木育事業と、再造林促進のためにコンテナ苗事業に新たに取り組んでおられます。
森田さんは、森林経営計画はどう進んでいくのかたずねておられますが、岩崎さんによれば、高齢の森林所有者さん程、山への意識が強く「私がいるうちは好きにはさせない」という意固地な方が多いとのことです。裏を返せば、私の誤解があるかもしれませんが、それだけ今まで一生懸命山を育ててこられたのでしょうか。そうであれば、その思いを何らかの形で未来につなげたいものです。
下清水さんも、意向調査の解答率がとても低いとされていますが、森林所有への問題は、市民全体で意見を出し合っていくべきという非常に重要な指摘をされています。
余談ですが、1992年にブラジルのリオデジャネイロにおいて開催された地球サミットで、森林の持続可能な開発が議論されましたが、このとき市民の参加の重要性が認識されました。一方で、木材業界を活性化させるような森林環境税にしようと訴えておられます。
大竹野さんは、木材の価格問題を解決するのは、農業と同じく「流通」にあるとし、そのためにも、零細企業が多い林業事業体は、もっと絡み合った人材連携を構築し、川上における横のつながりの強化が不可欠とされています。
酒井秀夫