□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第36回) 林業について考える①多面的機能の発揮が求められる森林経営
戸田てつお(森林総合監理士)
林業とは何か?
巷では、昔は稼げたが現在は産業として成り立っていないとか、産業としては成り立っていないが森林浴はどうやら健康に良いらしいとか、昨今のキャンプブームやSDGs、そのほかDIYでの資材としても山や自然や木に人々の興味関心が深まっているとか、自然エネルギーの循環利用として木質バイオマス資源は国内林業にとって追い風だ等、いろいろな話を耳にする機会が増えた。
遡ると人類は森林を利用しながら発展してきた。初期人類は森林の恵みを持続的に採集するため資源を枯渇させないように定住せず巡回していたといわれるし、煮炊きに薪を使うことで効率的に栄養を摂取できるようになり、さらには農業を始めたことで定住するようになると、街を作るための資材として大量の木材を消費するようになった。
なんと大航海時代には船のマストを作るための戦略物質でもあったといわれる。
そんな木材は現在でも世界中で必要とされる資源の一つであり、われわれの暮らしに無くてはならないものだ。
一方、現在、日本では林業従事者数は減り続けている。全国での林業就業者数は、林業白書によれば2020年で約4万4千人程度。30年前(1990年)は10万人程度だったので、この30年で半減している。木材は、われわれの暮らしの必需品であり、需要はありながらも、その足元の国内の森林を支える(?)林業は厳しい時代の様だ。
そんな林業について、改めて考えてみたい。
林業とは、日本標準産業分類によると、A農業、林業の区分のうち、「山林用苗木の育成・植栽、林木の保育・保護、林木からの素材生産、薪及び木炭の製造、樹脂、樹皮、その他林産物の採集及び野生生物の狩猟など」とされている。木材を収穫(上記表現でいえば林木からの素材生産)するだけではなく、苗木の育成から森林の保育、また、素材生産以外にも林木が生えている環境(=森林)からの収穫物である山菜やキノコなどの採集、狩猟も含まれる、かなりすそ野が広い産業でもある。
また、林木の保育・保護である森林は一般には広大な面積を持つことから、林業は、森林を有する中山間地域をおもなフィールドとして成立し、その地域と一体となった産業でもある。この地域と一体となった産業であるということは、すなわち地域を通じて私たちの暮らしにもかかわりうる産業ということだ。
「森林・林業基本法」という法律がある。森林と林業に関する施策について、基本理念等を定め、国等がどのようにその理念の実現に向けて進めていくか定めている。このような基本理念を定めた法律はとくに林業に限ったものではなく、農業についても、「食料・農業・農村基本法」という法律があり、食料・農業・農村に係る基本理念等を定めている。
これら2つの法律は、それぞれ対象を「森林及び林業」、かたや「食料・農業及び農村」としており、「森林及び林業」と「食料・農業及び農村」が「総合的かつ計画的に推進し、もつて国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ること」を目的としている。
農業や森林は、なぜ、このような基本理念が定められているのだろうか?
食料・農業・農村基本法では、食料は、人間の生命の維持に欠くことができないものであり、健康で充実した生活の基礎であり、将来にわたつて、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならないとされ、国内農業生産の増大を基本に輸入と備蓄の組み合わせ等に加え、食料生産のほかにも農地等のもつ多面的機能も適切かつ十分に発揮されること、とされている。
森林・林業基本法では、森林の有する多面的機能が持続的に発揮されることが、国民生活及び国民経済の安定に欠くことができない存在であり、将来にわたつて、適正な整備及び保全が図られなければならないとされ、そのためには、山村での林業生産活動が継続的に行われることが重要であるため、定住の促進や山村振興が図られることが配慮される必要がある、とされている。
農業は、将来にわたって、良質で継続的な食料生産の安定供給がメインであり、加えて農地等が持つ多面的機能を十分に発揮するように示しているのに対して、林業は、将来にわたって、木材生産も含めた森林の持つ多面的機能の持続的な発揮がメインであり、そのために適正な整備及び保全が必要とされている。
つまり、林業は、木材生産だけではなく、森林の持つ多面的機能を発揮することが求められている産業であり、林業が対象としている森林は、木材としての私有財産だけではなく、国民生活の安定に欠くことのできない多面的機能を有する公共財としての性格を持っている。森林が公共財としての側面を持っていること、さらにはその公共財としての機能を発揮させる使命を林業は請け負っていることを、林業にかかわる人間として忘れてはならない。
林業は、平野部で行われる農業や海水面で行われる水産業と比べて、標高の高い地域にそのフィールドがあり、河川等を通じて良くも悪くも下流域への影響を与えやすい産業である。下流域への暮らしに悪い影響を与えないように携わる必要がある。
下流部への影響としては、上流部での山地災害の防止等の防災面に加えて、河川へのミネラル(鉄分)の供給などにも森林が深くかかわっている。木材の構成物質であるリグニンなどが分解される過程で生じるフルボ酸が土中の鉄イオンと結びつき、フルボ酸鉄として、植物が利用しやすい形でのミネラル源として、河川等を通じて、田畑や海や川に供給され、田畑を豊かな土壌に変え、川や海においては魚のえさとなる植物プランクトンを増やし、豊かな自然の恵みにつなげている。森林は、山と海、そして田畑にも、河川等を通じて私たちの豊かな暮らしを支えている。
ところで、人類は森林からの木材を利用している。このような森林の持つ多面的機能から木材を生産することは、その多面的機能を損なう危険性はないのだろうか。
木材生産は木材の伐採を伴うため、収穫後に森林資源が減ってしまうという一面がある。森林資源の減少は、その多面的機能にも影響するため、一見トレードオフの関係にも見えるが、植栽など適正な処置をすることで森林資源は回復が可能である。また、森林資源の多様性という面では、適度に更新を加え、多様な齢級構成である方が好ましい。たとえば草原でうさぎを狩るような猛禽類は、ある程度、新植地のような開けた空間が必要だ。また、昔から人が手を加えてきた人工林や薪炭林などは、原生林ではないため、長期的には安定しておらず、引き続き手を加える方が豊かな森林を維持できる。
さらには、二酸化炭素の吸収源という面では、成長量が旺盛な若齢林の方がより二酸化炭素を吸収する効果が期待できる。森林は炭素も固定するが同時に呼吸もしている。高齢級になり成長が低下していくと、呼吸で排出する二酸化炭素と成長により吸収される二酸化炭素の差が少なくなり二酸化炭素の固定効率が低下してしまう。
また、林齢の差以外にも、適度に間伐することで、人工林の成長を促すとともに、林床の光量を増やし下層植生を豊かにし、根系を発達させ、水源涵養や防災機能も高めることができる。このように木材生産が多面的機能をより効果的な発揮につながるような森林経営を目指すことが可能であり、その様な森林経営が求められている。
では、適切に森林経営を実施するとすれば、どれほど儲かるのであろうか?次回は、経済的な収支について考えてみたい。
(参考文献)R4林業白書
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
林業の法律上の位置づけは書かれた通りですが、林業は業(なりわい)ですから、その従事者が生きていけるようでなければなりません。そのためには、金銭的あるいは食料・生活資材等の物質的に儲からなければなりません。林業で従事者が生きていかれなくなったのは、何度もコメントしましたように、木材生産を持続できないほどに伐採しすぎて、育てることが中心の長い期間を過ごさざるを得なくしたことが大きいと思います。
儲かることによって、業として持続され、法律のように多面的機能発揮の手段としての役割を果たすことができるのです。補助金で儲けてもらうことはできませんから、補助金以外の実入りが必要です。それで、木材の生産・育成はもとより、特産物の栽培・収穫であったり、森林サービス産業と言われるような業であったり、山仕事の日傭取り(賃仕事)、林地の不動産としての収入、公益的機能への国民・社会からの直接支援などを色々取り合わせるということが必要でした。
一般に所有森林の規模が小さくて、どれか一つだけでは生きていけない場合が多く、これらをうまく組み合わせて実入りを得ることで、森林を利用した業になると言えると思います。
また、規模が小さい場合が多かったので、例えば、人工林の生産は、森林所有者の長い年月のうちのある時だけ(誕生、入学、進学、結婚、出産、その他のお祝い事など)の臨時収入としてとらえられ、林業といった業の形にならないものが多かったものと思います。農家林家と言っても、以前は薪炭の生産・利用による農林複合経営であって、その後、間伐材の生産というステージに移りましたが、人工林は、農家林家の経営資本というよりも、農閑期の手間を用いて、家の財産(家産)として維持している場合が多いように思っていました。
林業を考えるときには、タテヨコ全体を俯瞰した政策論とともに、個々の従事者の業(なりわい)のありようにも目を向けることが必要だと思います。