□ 椎野潤ブログ(長坂研究会) 恒久仕様の木造モバイル建築とは(その4)
~ モバイル建築の地産地消化と希望の林業への取り組み ~
一般社団法人日本モバイル建築協会 代表理事 長坂俊成
日本モバイル建築協会は、全国の森林とつながる恒久仕様の木造モバイル建築の開発と普及に取り組んでいる。地域の木材や人材を活用した地産地消のモバイル建築は、森林資源を有する過疎地域の地方再生に貢献することを目的としている。また、国難級の災害時に恒久仕様の木造モバイル建築を全国で分散製造し「動くみなし仮設住宅」として被災地に迅速に供給する新たな災害対策として取り組んでいる。地産地消化といえども完全に閉じた経済や産業は成り立たないことはいうまでもない。地元の森林資源の活用を前提としつつ、柱や梁などの構造材に集成材や外材を利用することは排除しない。また、低質間伐材から生産される合板・MDFの利用、意匠としての広葉樹の利用など、使用箇所が求める性能や意匠などに応じて適材適所で森林資源を有効活用する。
そこで、筆者らは全国各地の森林を有する過疎地域を訪問し、またはリモート会議で、自治体の首長や職員、森林組合や地元の事業者の方々にモバイル建築の地産地消化や地場産業化を提案している。併せて、モバイル建築を地方創生に資する移住体験住宅や交流施設として利用しつつ災害時に被災地に応急仮設住宅として移設する自治体間の相互支援の取り組み(動くみなし仮設住宅を利用した応急住宅の社会的備蓄)を提案している。
各地を訪問すると、様々な立場の方から過疎地が抱える切実な課題が語られ、モバイル建築の地産地消化の話題になかなか辿り着かない。高齢化等により大工の後継者がいなくなり建設事業者が廃業に追い込まれ、既存の建物の維持管理がなされずに不良資産化していくことや、Withコロナや山村留学などの移住ニーズがありながら移住者を受け入れるための住宅供給が間に合わない。その一方で、建設業の入札参加資格審査申請を調べてみると先月締め切られており令和6年度まで新規参入は認められないといった現実に直面する。
林業関係者からは、森林組合経営に関する組合法の解釈運用の課題や、補助金行政の在り方、森林環境譲与税の配分問題、隣接自治体との広域連携、林業から建築に至るサプライチェーンが抱える課題などネガティブな話題が多く聞かれる。筆者は林業の専門家ではないため、林業関係者の語りを十分理解できる知見がないが、これらの林業関係者の語りは、先月お会いした森林ジャーナリストの田中淳夫氏の著書「絶望の林業」で指摘されていることと重なる部分がある。同書を読み返してみると、田中氏は300頁に及ぶ著書の中で絶望の林業に274頁を割き、残りの一割未満の頁で希望の林業について提案している。長期的視点で分散投資と多角化経営、林業自体の多様化(樹齢、樹種、資産物の多様化)、情報共有により川上から川下が運命共同体になる仕掛けづくり、森林ファンドや排出権取引のクレジット化、立木の地上権設定や信託による所有と経営の分離、森林の墓地化(樹木葬地)などが希望の林業の方策として挙げられている。
田中氏による希望の林業の提案は、筆者のリスク学や社会デザイン学の視点からは、多角化・多様化がリスク分散となり持続可能性を高めること、また、DXなどにより川上から川下が情報を共有し連携するサプライチェーンは、ステークホルダーの相互作用と相互学習を促進し、変化に対応しつつ長期的な取引の安定性・持続性を強化し、サプライチェーン全体の付加価値を高めるものと理解できる。筆者が訪問したいくつかの地域では、大手飲料メーカーや食品スーパー、不動産デベロッパーなどが森林に地上権を設定し木材を活用することや継続的な寄付により森林資源の保全や維持管理を支援する取り組みが見られた。田中氏が指摘した町有林を樹木葬の場とする墓地化は、墓地の利用権をふるさと納税の返礼品とする自治体の取り組みが全国に普及しつつあり、新たな森林資源管理と関係交流人口の増加に資する取り組みとして評価できる。ある大手飲料メーカーは企業内大学の取り組みとして社員がNPOの業務に携わる越境学習プログラムや地方自治体に出向する地方創生人材制度を導入しており、水源涵養に資する森林資源管理や林業との長期的な人材交流が期待される。また、都市部の自治体や企業は、環境保全や水源涵養、花粉対策など、サステナビリティーの視点から、流域などで多角的な広域連携を強化することが期待される。
先週、木工の技術専門校の卒業生などの木工職人としての起業を支援する木工ファブラボ構想を掲げる自治体とリモートで意見交換させていただいた。モバイル建築の地産地消化には、広葉樹や劣勢木間伐材の活用など林業自体の多様化や、林業以外の多様な人づくりが課題となる。絶望の林業の壁や過疎地域が抱える多くの重い課題を乗り越えることは容易ではないが、森林を次世代に継承する責任を果たす運命共同体の一員として、覚悟してモバイル建築の地産地消化に取り組む所存である。
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
恒久仕様の木造モバイル建築の第4報です。今回は、全国の過疎地域を訪問したり、リモート会議でいろいろな方にお会いしたりして、モバイル建築の地産地消化や地場産業化を提案した過程で指摘された現在の林業が直面している課題を報告しておられます。中でも高齢化等により大工の後継者がいなくなり建設事業者が廃業に追い込まれている現実は、国難が襲ったときに、現状以上に対応が困難であることが憂慮されます。
そこで、著者は希望のある林業に向けて、即効性のある対策として、都市部の自治体や企業は、環境保全や水源涵養、花粉対策など、サステナビリティーの視点から、流域などで多角的な広域連携を強化することを提言しておられます。今から森林環境譲与税等を活用して、自治体間の相互支援の取り組みを築いておくことはリスクヘッジにもなります。適材適所で森林資源を有効に活用するという林業経営の原点に立ち返って、モバイル建築に広葉樹や間伐材を活用して地域の林業を多様化し、多くの人が関わることで、過疎地域の地方再生に寄与していこうという決意を述べておられます。地方の官民のリーダーや大きな被災が予想される自治体には、モバイル建築にはこのようなメリットがあることにも気づいて連携を図っていただきたいです。防災、減災も大事ですが、いかにして自分の町の復興を迅速に、しかも健全な形で進めるかも大事です。