□ 椎野潤ブログ(金融研究会第14回) 企業的森林経営について(1)
文責:角花菊次郎
前回、自然条件および森林管理の条件が揃っている森林については企業的な経営を志向することによって、持続的な森林資源の利用・管理が実現可能になるといったことを述べました。
では、「企業的森林経営」とは具体的にどのような経営スタイルなのか、そのポイントをまとめてみたいと思います。
まず、「企業」とは何かについて確認しておきます。企業と呼ばれる団体や組織は一般的に「法人」という形式を採用しています。法人は国や地方自治体などの公的な活動をする公法人と民間の経済活動を行う私法人に分けられます。私法人は営利法人(株式会社などの「会社」)と非営利法人(NPO法人や社団法人など)に分けられますが、利益分配をするか否かの違いだけで両方とも利益の獲得を目的としている点では分けて考える必要がありません。ここでは、一般的に私法人がどのような事業活動を行って利益の獲得を目指しているのかを整理した上で、わが国の森林経営について考えてみます。
法人には会計処理に細かい決まりがあります。事業年度ごとに詳細な決算書類を作成し、適切な経営を行っていることを外部に説明できるようにしています。そして、厳格な経理処理は社会的信用の獲得につながり、取引先や顧客からの信頼だけでなく、金融機関からの融資が受けやすくなる、株式会社では株式の発行が可能となり資金調達がスムーズになるといった効果が期待できるのです。
適正な会計処理、そしてそのデータを基にした経営成績の把握を行うためには、売上にかかった費用を正確に把握し、損益を計算する必要があります。林業の場合、立木の売上から素材生産費(伐採や搬出)や運材費などの諸経費を引けば現金収受、キャッシュフローとしての収支は把握できます。しかし、植林から伐採までにかかったすべてのコストを反映した立木原価が分からなければ当期利益の把握という期間損益計算はできません。これまでのわが国の林業経営では、江戸時代以降の帳簿である「大福帳」のように現金主義に基づく収入・支出計算が行われてきただけで、一般の法人が行っているような損益計算書や貸借対照表を作成するための原価計算はほとんど行われてこなかったと言えます。材価低迷による低収益性、補助金頼みで本格的に経営の効率性を追求してこなかったことなどが適正な原価計算への動機を希薄にする要因と考えられます。
その立木1本を育てるためにかかった造林・育林コストを集計してこなかったため、結局のところ単木ベースでの売上に対応するトータル原価は分からない。これでは本当に利益が出ているのか、どれくらいの赤字幅になっているのかを知るすべがありません。
原価計算を正確に行って単木ベースでの原価を把握するための会計処理については、国有林野事業における原価計算方法が参考になります。伐採・搬出については概算の把握しかできませんが、造林・育林に関しては比較的細かい計算がなされています。企業所有林などではこの国有林野事業に準拠した形で原価計算を行っているケースもあるようです。また、立木の簿価評価や貸借対照表への計上など、林業の特殊性を勘案した資産評価方法については林業公社会計基準なども参考となります。
期間損益の把握とともに、民間ビジネスの世界では投資判断に必要な情報として、将来の期待収益予測を行います。投資回収ができるかどうか、いくつかのシナリオを作成し、収益予測を行うのです。しかし、わが国では育林事業を含めた循環型林業を行うために必要となる正確な期間損益の把握と将来収益の予測がなされておらず、残念ながら事業キャッシュフローの把握に留まっています。この現状を変え、企業的な会計処理・経営成績の把握を行わない限り、経営の効率化も外部資金の調達も、事業の拡大・多角化も、そして何としても実現したい黒字化もできない相談となります。
企業的森林経営については、適正な原価計算による会計処理・経営成績の把握だけではなく、いつ伐ったら収益が最大化するかといった伐採計画や回収の目処を付けた投資計画などの経営計画、バイオマスやカーボンなど森林資源をフルに活かした販売戦略、供給側が価格支配力を持つためのサプライチェーン戦略などの策定が重要となります。
次回以降、これらの点について考察していきたいと思います。
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以 上
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
いま、主伐に達した木を1本伐ると、苗木を4本植え、それぞれにシカ害防除の保護資材をかぶせます。この資材費だけで2600円かかってしまいます。植えた4本が将来間伐材、主伐材として売れ、かかった経費を捻出できなければ、赤字になってしまいます。良木を育てるには、枝打ちやツル切りなどの撫育が必要です。除伐や切り捨て間伐も必要です。大方の森林所有者は自家労働でこれらの仕事をしていましたが、将来この努力が報われるだけの価値が付き、原価として木材価格に反映させることができればよいのですが、消費者に木材に対するこだわりがなくなれば、外材等との価格競争に負けてしまいます。一方で、木材製品価格には、製材歩留まりとか乾燥コストが反映されて、木材の仕入れ価格として立木価格にしわが寄せられていきます。また、森林経営には山火事や気象災害などの不確実なリスクもあります。
多くの国で、林業は伐るところから始まりました。伐り尽くしてしまうと何もできません。森林が回復し、次の経営者が現れるまでしばらく待たなければなりません。その間、観光や公園として森林を利用することになります。民間でも、燃料や肥料など、自家用であれば山は便利な存在でした。道があり、伐る木があれば、経営はできたかもしれませんが、国中すべてが林業適地であるとはかぎりません。
わが国では林業は、事業キャッシュフローの把握に留まっており、材価低迷、補助金頼みの現状において、損益計算書や貸借対照表を作成して、経営の効率化や外部資金の調達、事業の拡大・多角化、黒字化に向けた本格的経営を行うことができるのかどうか。適正な原価計算による会計処理だけでなく、いつ伐ったら収益が最大化するかといった伐採計画や投資計画、バイオマスやカーボンなど森林資源をフルに活かした販売戦略、価格支配力を持つためのサプライチェーン戦略などの策定に向けて起業的森林経営の提起です。