書籍「コスパ病」に学ぶ

椎野潤ブログ(伊佐研究会第12回) 書籍「コスパ病」に学ぶ

 

私の学びの先輩であり、友である小島尚貴さんが執筆された「コスパ病:貿易の現場から見えてきた『無視されてきた事実』」は現代日本経済の病根とその根本的な解決の糸口が見事に表されています。多くの日本人消費者が知らない、また当事者は当事者意識をもたず見て見ぬふりさえしている「自損型輸入」による現在の安売りは、さまざまな地域の産業を破壊していることに気づかされます。この問題は住宅業界にも蔓延しており、その影響から林業衰退の一端に大きな影響を与えております。そしてこの本は一消費者である自分自身の消費活動にも強い反省が促される内容です。

上に記載した「自損型輸入」とは「コスパ病」筆者である小島さんによる造語で、文字通り自ら日本を損じる輸入方法のことであります。一般的に輸入には大きく二つ、「通常輸入」と「開発輸入」とに分けられます。「通常輸入」は、自国に資源・生産能力は無いが需要があり、相手国にはそれがある、という一般的な国外商品の輸入になります(海外の特殊なスパイス入りカレー缶詰など)。「開発輸入」は自国に資源は無いが需要があり、相手国には資源があるが生産能力が無い、そこで自国は資本を提供し産業を興す手伝いをし、その商品を輸入するものです(ブルネイの天然ガスや、ベトナムのコーヒーなど)。両者ともお互いにWin-Winの関係の健全な関係です。その「開発輸入」が、日本独自の形として進化をしたのが、小島さんが問題提起をされている「自損型輸入」です。

「自損型輸入」とは私なりに解釈して説明すると、日本に根付いていた産業(農林水産物、それに係る加工品、衣類、生活雑貨、家電製品など)を、国内での価格競争のために生産拠点のみを海外に移し、知識、技術、設備、機械すべてを日本国内から国外に持ち込み、生産された品物を日本に輸入するというもので、日本人が日本人に勝つための形態で「開発輸入」とは似て非なるものであり、愛国心、郷土心の面で言うと全く異なります。「メイドインチャイナ」に矛先を向けがちではありますが、実はそのように仕向けたのは当の日本人であり、小島さんは純然たる国産品の自由競争ではなく、「日日経済内戦」・「外国製の武器で攻め込んできた日本人と、国産の武器で応戦する日本人同士の経済内戦」としてこの実態を憂いています。さまざまな日本国内の地域産業を破壊し、重大な実例としては畳の原料であるい草の最大の生産地である熊本県八代のい草農家が30年間の間に約95%廃業したとのことです。いわゆるコスパの良い商品にありがちな、人気商品と似た商品を安く提供する消費者の支持を得やすい手法を小島さんは「同カテゴリの製品を作ってきた国内産地の歴史、文化、産業、雇用、生活など全ての要素を無視して、コスト削減を目的に海外で生産したものを自国に向けて輸入するという、「自社が利益を出し続けるため」だけの戦略に過ぎず、サステナビリティやエシカル消費とは最もかけ離れた、非持続的で非論理的なビジネスモデルだと言っても過言ではない」と強く批判されており、全く同意をするところです。「輸入安売り産業」の規模を示すものとして、複数の良く知られている代表的な業者(激安均一ショップ、衣類品、メガネ、家具、生活雑貨、家電、など)の売上高でみると五兆七千億円(2020年度)を超えるものであり、大きな雇用機会と収入を国外に流出し、自社利益のみを上げている業者の実態を事実からただしく表現されております。諸外国ではこのようなことが起こらないように国として手を打っているという例も紹介され、まさに日本特有の輸入形態のようです。「安売り」そのものを否定するのではなく、このような「自損型輸入」の流通がまかり通り、当事者が見て見ぬふりをしている現状を、綿密な研究と、事実分析、多くの実例紹介で日本の大きな課題を浮き彫りにする「コスパ病」を、是非とも多くの人に読んで頂き、知られてこなかったことを知ってもらいたいと思います。

その他、日本人の弱いところなど様々なことを紹介している中で、小島さんは消費者に向けて「自分が良いと思うモノを知り、適正価格で買いましょう」、「日常生活で、良いモノとは何かを考える時間を持ちましょう」とご提案されています。一消費者である自分自身が知らず知らずの内に我が国、我が故郷の産業を衰退させていたことに気づかされると共に、この本来当たり前であるべき大らかな提案は素直に受け入れられます。

さて家づくりに係る構造材についても「自損型輸入」は少なくないのではないでしょうか。またそうではなくても「国産材を活用する」という合言葉のもと、実は自社の安定供給と利益を求めることだけを目的として、山への利益循環などは考慮していないものあります。大きな需要を提示することにより売り先がある安心感を与え、大きな皆伐を進め、再植林が出来ていないことも良く耳にします。木材に係る消費者、需要者の企業なども、「コスパ」のみでモノをみるのではなく、産地や流通の在り方、そこに関わるなるべく多くのことを知り、対話し、共感をし、自分が良いと思うモノを適正価格で買うようにしていきましょう。先ずは知ること、そして見て見ぬふりをしないことを実行していく呼びかけをしていきたいものです。

元来日本人はモノを大事にする国民のはずです。気がつけばモノそのものではなくコストでそのものを判断するようになり、モノは使い捨てるように扱うようになっています。良いと思うモノを適正価格で購入し、日常生活で良いモノを考える習慣をもつと、自ずとモノそのものが大事にされ、商品はより美しいものに洗練されてきます。日本の国土の7割が森林で世界有数の森林大国と言われておりますが、人口で割ると一人当たりの森林面積としての順位はぐっと下がります。木材を活用しながら大事に長持ちさせることにもつながります。

原木を適正価格で購入し、トレーサビリティを確保して流通を可視化し、消費者・工務店・木材加工業者・山元をつなぐ当社森林パートナーズのプラットフォームが日本の経済力を強くする一端になるという自信につながると共に、他産業での同様の課題にも目を向け、交流することで日本全体が豊かにしていかなければならないと気持ちを新たにしました。そして自分自身の消費活動も見直していきます。

(文責:小柳雄平)

参考文献:小島尚貴著「コスパ病:貿易の現場から見えてきた『無視されてきた事実』」

 

まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

経済のグローバル化には長所、短所があると思いますが、日本にはコスパ病が潜んでいるという紹介です。自分だけ、自社だけが儲かればよいということが果たして持続可能な経営なのか、本当の儲けは誰のものになるのか。経営者の理念、使命が問い直され、それを無視する代償は社会も巻き込んで大きく、経済内戦が続けば山河も残らないという警鐘です。

「開発輸入」は、最初は相手国の経済に貢献はしても、やがてその結果として人件費は高くなっていき、技術さえ取得してしまえば、あとは邪魔になるだけかもしれません。こうして日本の産業の空洞化が進行していったと思います。

消費者も、自分が良いと思うモノに対して適正価格で買いましょうという提言です。そのためには、業界は適正価格を消費者に知らしめて、消費者を納得させる努力も必要です。消費者にとっては、メンテナンスすれば何年も長持ちするもの、そして健康や環境も損なわないものが結局は低コストで良い買い物になります。使い捨ての価格の安いものを買い続けるならば、社会にも負担を強いて、取り返しのつかない高い買い物になってしまいます。消費者も見る目を養い、本質を見据えて賢くならなければなりません。

 

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