恒久仕様の木造モバイル建築とは(その2) ~ 公民連携によるモバイル型応急住宅の社会的備蓄 ~

椎野潤ブログ(長坂研究会)  恒久仕様の木造モバイル建築とは(その2)

~ 公民連携によるモバイル型応急住宅の社会的備蓄 ~

 

一般社団法人日本モバイル建築協会 代表理事 長坂俊成

1 はじめに

一般社団法人日本モバイル建築協会(以下、当協会という。)は、南海トラフ地震や首都直下型大地震などの国難級の災害に備え、工業化・規格化された恒久仕様の木造モバイル建築ユニットを利用し、応急仮設住宅や本設の災害公営住宅を短期間に大量に被災地に供給するサプライチェーンの構築に取り組んでいる。モバイル建築は仮設建築物ではなく恒久仕様の本設の建築物であり、当協会では本設の一般住宅と同等以上の安全性と品質、耐久性、環境性能を有することを設計要件としている。以下では、恒久仕様の木造モバイル建築ユニットを利用した応急住宅を「モバイル型応急住宅」と呼ぶ。

短期間に大量の応急住宅を供給するために、当協会では、具体的に「公民連携によるモバイル型応急住宅の社会的備蓄」と、「設計情報や製造ノウハウのDX化と製造ライセンスの無償提供」、「国産材を利用した建築パネルの製造プラットフォームと連携した分散型オフサイト製造ネットワークの構築」という3つの課題にチャレンジしている。今回は、公民連携によるモバイル型応急住宅の社会的備蓄に関する現状の取り組み状況と課題、今後の展開について概説する。

 

2 モバイル型応急住宅の社会的備蓄とは

モバイル型応急住宅の社会的備蓄とは、恒久仕様の木造モバイル建築ユニットを平時は住機能を有する本設の非住宅施設として使用しつつ、災害時にそれらの施設を被災地に移設し、福祉避難所や応急仮設住宅などの災害対応施設として提供する仕組みである。社会的備蓄は公的な防災備蓄が不足する事態に備え社会資源を災害対策の資源として活用するための防災対策であり、リスクガバナンスの実践である。リスクガバナンスとは、多様な主体が協働し不確実性を孕むリスクを低減し社会全体のレジリエンスを高める公民連携によるリスクの協治を意味する。

モバイル建築は、規格化された複数のボックス形状のユニットを連結・積層して住宅や施設を構成するため、移設の際は給排水や電力等ライフラインを切断しユニット単位で基礎から外しトラックに積載し速やかに被災地に輸送することができる。なお、応急住宅として使用した後は元の社会的備蓄に返却されることとなるが、使用期間が長期化する場合には被災自治体が買い取り本設の災害公営住宅に移行することや、残価で被災者に払い下げ自宅の自力再建を支援することもできる。このように使用後に解体せずに長期間にわたり繰り返し再利用できることや本設への移行を前提とすると、モバイル型応急住宅に係る費用や環境負荷は、仮設仕様のプレハブ方式の建設型応急仮設住宅と比べて高い優位性を有する。

社会的備蓄の平時利用の用途は多様であり、ワーケーションやテレワークなど民間事業者が自社利用を目的とするものや、滞在型テレワークセンターやコワーキングスペース、貸別荘、定期借家型シェアハウスなどの不動産事業用途、キャンプ場のコテージやグランピングなどの宿泊事業用途のものがある。これらの用途は、居住権が発生せず、又、利用契約や宿泊約款に災害時のキャンセルポリシーを定めることで、早期に被災地に貸し出すことができるため社会的備蓄に適した用途である。なお、被災自治体の要請を受けて社会的備蓄を応急住宅として貸与すると国が定める救助費の基準に基づきレンタル料が支給される。又は、被災自治体が買い取りを希望する場合は救助費から売却代金が支払われる。

 

3 社会的備蓄の現状

自治体による社会的備蓄の平時利用の用途としては、地方創生や地域活性化、地域課題の解決に資する非住宅施設となる。但し、それらの非住宅施設は災害発生後に応急住宅や福祉避難所、グループホーム型福祉仮設住宅として早期に転用できるように、できるだけ住機能を有していることが望ましい。

自治体は公有の未利用地や統廃合後の学校跡地などの有効利用、公園内の収益施設利用、民間から寄贈された土地の利活用などと併せて、公民連携により社会的備蓄を推進することで地域活性化にも貢献できる。

当協会は設立以来全国の自治体を訪問し社会的備蓄の平時利用ニーズを調べてきた。現在までに把握されたニーズは以下の通りであり、地域活性化や地域課題を解決に資する施設にニーズが高く、ハードの整備にとどまらず、施設を利用したサービス提供や管理運営においても公民連携が不可欠となっている。

グランピングやワーケーション、滞在型テレワークセンター、移住定住の促進を目的としたコワーキングスペース、宿泊研修施設、温泉など宿泊施設、移住体験住宅、多地域居住施設、スポーツ施設のクラブハウス、放課後児童クラブ、地域食堂、チャレンジキッチン、チャレンジショップ、農家民宿・カフェ、レスパイト施設、医療的ケア児者のエイドステーション、ホスピス施設、公園内収益施設(宿泊施設やコミュニティカフェ等)、道の駅や高速道路のサービスエリア内のドライバーの宿泊休憩施設など。

過疎地域では農家民宿や農家カフェ等アグリツーリズムやグリーンツーリズムなど農林水産業の活性化や人材確保、関係人口の拡大等の施策と連携した社会的備蓄のニーズがある。また、高校生が地元の食材等を利用した料理を提供するチャレンジキッチンや特産品を販売するチャレンジショップなど社会連携教育プログラムと連携した社会的備蓄のニーズがある。

上記の内、放課後児童クラブやスポーツ施設のクラブハウス、公園内の宿泊施設、公園内のコミュニティカフェ、移住定住の促進を目的としたコワーキングスペースなどは社会的備蓄として整備され公民連携により管理運営されている。

例えば、茨城県境町は企業版ふるさと納税制度を利用し、フィールドホッケーのクラブハウス(40ftサイズの木造モバイル建築ユニットの7連結2階建)を設置し、ホッケー場の指定管理団体が管理している。首都下型大地震が発生した場合には都内で被災した障がい者や高齢者等の広域疎開施設として利用することを想定している。

茨城県境町、大分県由布市、岩手県大船渡市では、企業版ふるさと納税制度を活用し公設民営により放課後児童クラブ(40ftサイズユニットの5連結平屋)が整備され、NPOや保護者会が運営している。放課後児童クラブには、キッチン、トイレ、洗面台、相談室、収納、下駄箱が標準で装備されており、国難級の災害が発生した場合は、多目的トイレや介助用の浴室ユニット等を追加・改修した後、速やかに被災地に移設し、高齢者向のグループホーム型福祉仮設住宅に転用するか、又は、広域疎開施設として被災者等を受け入れることが想定されている。なお、岩手県大船渡市は東日本大震災の津波被災地であり、その際に全国から受けた支援の恩返し・恩送りとして、自治体と利用者の保護者から賛同いただき社会的備蓄が実現した。

三重県東員町では、企業版ふるさと納税により公園内にコミュニティカフェ(40ftサイズユニットの5連結平屋)が設置され、地域の特産品を利用したスイーツの製造と販売に利用されている。災害時は厨房施設を活かして災害食の給食施設や仮設住宅団地内の集会所等の利用を想定している。

南海トラフ地震による津波浸水被害が想定されている三重県南伊勢町は、企業版ふるさと納税制度を利用して、高台に移転した病院の隣地に移住交流促進等を目的とした多目的施設(40ftサイズユニットの5連結2階建)等を整備し、現在、民間の管理運営者を選定するためのサウンディングを予定している。災害時は避難所やDMATなどの受援施設としての利用を想定している。

 

4 課題と今後の展望

当協会が会員企業と企業版ふるさと納税制度を利用し自治体に整備した社会的備蓄は全国で9自治体(2023年7月現在)。2023年度内に3自治体での整備が予定されている。企業版ふるさと納税制度は令和6年度までの時限の制度であり、社会的備蓄を加速するためには、国の各種交付金や補助金、過疎債や個人版ふるさと納税制度を利用したクラウドファンディング等の財源確保が課題となる。なお、公民連携による社会的備蓄の整備と管理運営の手法には、公設民営の他、「指定管理者制度」(住民サービスの向上と経費の節減等を図るために公共施設管理を株式会社やNPO等の民間事業者に包括的に代行させることができる地方自治法上の制度)、「PFI」(Private Finance Initiative公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法)、「LABV」(Local Asset Backed Vehicle自治体が公有地を現物出資し民間事業者が資金を出資して設立した合同会社等の事業体が公共施設と民間の収益施設を複合開発し管理運営する協働の仕組み)、「SIB」(Social Impact Bond自治体が運営資金を民間投家から募り後に自治体が民間投資家へ成果に応じて報酬を支払う社会的課題解決の仕組)などがある。

また、SRI(Socially Responsible Investment投資対象企業の環境や社会に対する貢献を評価し投資する手法)やESG(Environment、Social、Governanceを考慮した投資活動や経営・事業活動)向けの社会的備蓄ファンド、J-クレジット制度、大都市圏と森林を有する過疎自治体との連携した木造モバイル建築ユニットの社会的備蓄等、民間のソーシャルなビジネスモデルを活用した社会的備蓄の推進が求められる。次回は国産材を利用した木造モバイル建築の動向について紹介する。

 

 

まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

日本は森林が豊富ですが、人口分布に偏りがあり、世界でも有数の地震国、火山国です。自然災害に対する知恵を最大限に生かしていかないことには、いくら文明が栄えても砂上の楼閣です。国難に対して、前回は「動くみなし仮設住宅としての利用」として、東日本大震災では約48,000戸の応急仮設住宅を供給するのに8か月かかり、南海トラフ地震が発生した場合、最大約205万戸の応急住宅が必要となり、仮設住宅の建設に8年かかると想定されているということから、工業化・規格化された恒久仕様の木造モバイル建築を動くみなし仮設住宅として社会的備蓄を進めようということでした。

社会的備蓄という言葉はなじみがないかもしれませんが、具体的には恒久仕様の木造モバイル建築ユニットを平時は住機能を有する本設の非住宅施設として使用するということです。仮設建築物ではなく恒久仕様であるというのが重要な視点です。モバイル型応急住宅に係る費用や環境負荷は、仮設仕様のプレハブ方式の建設型応急仮設住宅と比べて高い優位性を有しています。社会的備蓄を応急住宅として貸与することにより、国が定める救助費の基準に基づきレンタル料を支給したり、残価で被災者に払い下げ自宅の自力再建を支援することができ、被災からの立ち上がりを早めます。

日本モバイル建築協会のホームページを拝見すると、災害救助法上の応急住宅として短期間に大量に被災地に供給するサプライチェーンの構築に取り組んでおられ、社会的備蓄の平時利用の具体的事例が紹介されています。サービス提供や管理運営において公民連携が不可欠とのことですが、恒久仕様の木造モバイル建築は、不確実性を孕むリスクを低減し社会全体のレジリエンスを高める公民連携によるリスクガバナンスの提唱と実践でもあります。補助金もこれまでのばらまき型ではなく、森林資源の有効利用も視野に、公民連携を前提に「SIB」型にしたり、「PFS」(Pay For Success公民連携における成果連動型民間委託契約方式)を取り入れたりすることで、社会的備蓄の加速化も必要です。

 

 

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