□ 椎野潤ブログ(金融研究会第五回) 金融と林業界を巡る年頭所感
文責:角花菊次郎
あけましておめでとうございます。いよいよ2023年がスタートしました。年頭にあたって何か良いニュースはないかと思い出してみましたが、コロナ禍の収束が見通せない中での全国旅行支援再開、消費者物価の高騰、ロシアによる武力侵略の膠着化など心が重たくなる話題ばかり。それでも晴天が続いた地域が多かったことや自粛疲れがあったのでしょうか、年末年始の人出はコロナ前と比べてかなり回復したみたいです。マスコミが明るい話題を提供しようとする姿勢で報道していたことは致し方ないとはいえ、健忘症を患う日本人よ、浮かれ始めるのはまだ早い、と言いたくなります。
日本の現金給与総額は1997年をピークに14%も下落し、社会保障料や税負担が増加したせいでこの30年間、物価上昇分を加味した可処分所得も大きく減少してしまいました。一方、コロナ禍やロシアの侵略戦争といった外的要因による供給制約とはいえ、所得が増えない中で公正取引委員会も真っ青な一律一斉値上げの波が押し寄せています。さらにコロナ禍での大盤振る舞い、景気対策の名のもとに組んだ青天井の補正予算といった大規模財政支出のつけが大増税というかたちで私たちの生活を直撃する近未来が待ち構えているように思えます。「独自通貨を持つ国であれば、債務返済のための通貨発行に制約を受けないため、いくら借金をしても財政破綻は起きない」というMMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)とて、どこまで信じられるものか。
最近はMMTという言葉を聞く機会が減ったように思いますが、MMT論者は「巨額債務があってもインフレを抑制できれば、国債の日銀引き受けによる財政ファイナンスで貨幣を増発し、社会保障やインフラなど公共サービスの拡充に財政支出を増やすことは可能」と主張しています。ただ、貨幣の価値が想定以上に下がり高インフレになってしまっては経済が破綻するので、そこは避けたい。財政支出の拡大が需要の増大を通じてインフレをもたらしたら、増税のインフレ抑止(デフレ)効果でインフレを抑制することも可能だとも。一方、MMT批判論者は、必要だからといって財政ファイナンスをよりどころとした闇雲な財政支出を認めてしまっては、貨幣の価値が不安定になり、金融市場を混乱させ、さらに民間投資が大幅に縮小するというクラウディングアウト(政府による国債の大量発行に伴う金利上昇などにより、民間の経済活動が圧迫されること)を引き起こす。その結果、民間経済の活力、経済成長力は大幅に低下し、経済は長期的な大不況に陥ることになると主張しています。
たしかに、日銀が財政ファイナンスで国債を買い取り、金利を無理に押さえ込むと将来的な金融市場の不透明性が増大し、経済面でのインフレリスクが高まったときに大増税、財政支出の急減による大不況のリスクを感じ取れば、民間経済主体は投資を控え、利子率がたとえ低くてもお金を借りなくなってしまうことになりそうです。財政支出がうまくいくかどうかが保証されていない以上、財政ファイナンスによる財政出動は慎重かつ将来の増税と予めセットで検討されるべきだと考えます。
MMTをめぐる議論は単純なようでなぜか難解です。その是非はともかく、政府の財政政策や日銀の金融政策は私たちの暮らしを左右する重要な事柄です。昨年末に突然、日銀が10年国債金利の変動容認上限を0.25%引き上げたことをきっかけに住宅ローン金利(固定)が上昇し始め、今後、住宅着工等への影響が懸念されています。林業界にとってみても国の財政支援を受ける補助事業は必要である一方で、市場の価格決定機能を歪め、立木の本来的な価値を毀損し、民間事業者自身の投資意欲を削いでしまう可能性がなくはないことを今一度確認しておく必要があります。
20年からのコロナ禍、21年からのウッドショック、そして22年に勃発したロシアの暴走と物価高。23年は住宅ローン金利の上昇から始まって、この先林業界はどのような逆風にさらされることか。国にはこれまで以上に支援を求めたい気持ちになると思いますが、先々に起こる副作用のことも想像する力を身に着けておきたいものです。
☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
現下の状況では角花様のご懸念の通りの状況であると思います。住宅着工が縮んでいる現在、住宅ローンの金利上げの影響は大きいでしょう。特に、若い人が建てる住宅はこれまで低金利だったローンを財源の大部分にしているものが多いようです。住宅価格が2割程度上昇している今、ローン限度額では手が届かずということが起こり、あっという間にこの部分が数~十万戸単位で建たなくなるかもしれません。私としてはドキドキしています。
お金の話は気持ちの問題。不安、期待、損はしたくないという気持ちが、AIなどのテクノロジーで増幅されて反映すると、急激なお金の波が襲ってくるかもしれません。。
森の時間と人の時間がかけ離れ過ぎて、林業の収支合わせを現代の中で考えることが難しいことは誰もが経験していることかもしれません。毎年伐って、その収入で毎年植えて、育てて、山に投資をして、その上で収支を合わせる林業にしたいと私が思っている所以です。