森と人の関り・次世代の創造

椎野潤ブログ(伊佐研究会第五回)  森と人の関り・次世代の創造

前回のブログ(2022年11月22日「地域共感型のバリューチェーンをつくる」参照)に書きました植樹祭に参加した中学生の男の子から、嬉しい感想のメールをもらいました。

☆引用

「植樹祭から約一週間。普段の自分の生活と森を照らし合わせて考えて生活をしています。

家などにある木も、もとを辿れば森からはじまって金子製材さんのような場所で製材され僕たちのもとに届いている、という過程や、秩父神社で見させていただいた森や自然と文化を作ってきた秩父の祭や文化を考えると、改めて森を身近に感じ、森と人が関わりを持つことから始まっているんだなとも感じました。また植樹の時に西野さんのお話で、『これから植樹する木は自分たちよりも長く生きる』という話を聞き、次の世代を創るというのはこういう形もあるのだなと新しい視点を見つけたような気がしました。貴重な機会を本当にありがとうございました。また参加して植樹したいなと楽しみにしています。」

☆本文

誠に嬉しく、また驚かされるお便りでした。主催した私たちが想像した以上に強く共感してもらい、その感想の言葉にまたこちらも共感するという共感の連鎖、心の共鳴を感じます。

普段の生活の中で、特に都市部に住んでいると、自分の生活と森を照らし合わせることは少なく、ほとんどない人が多いことでしょう。植樹祭に参加しツアーで知ったことをきっかけに、この男の子はそのような普段の生活の中にある、家に使われている木材、地域の祭や文化などに森との繋がりを感じるようになり、身の回りのものごとは自然の中から生まれたと気づかされたと言います。折に触れ、また長くこのような感動を働かすためにも、家づくりにおいて、木をより美しく表現し、また木材の履歴を明らかにすることが大事だと気づかされ、そして地域に根付いた家づくりを通して、施主、家に住む方が、地域の文化に触れることができ、森のみならず地域の自然の中に生きることの豊かさを感じていただけるようにしていきたいと、考えさせられます。この感想メールをもらった後、この男の子やその友人たちと話す機会がありその中で、自然と人は相対するものと考えがちだが、日本の宗教観や文化をみると人そのものが自然の一部でしかない、また2項対立的な考え方が思考を狭める、というような話を深めており驚かされました。

またこの男の子は植樹した木々が森になる(この植樹祭は木材の活用など生産業計画のための経済林ではなく、天然の森を育てる「鎮守の森」づくりを目標としております。)大らかな時間軸を感じ、そこに次世代を創るひとつのかたちを見つけたと書いております。植樹をした秩父の山は古くからの林業地で、スギやヒノキの人工林が多くあります。そのおかげで伊佐ホームズの家づくり、森林パートナーズの木材流通は秩父の森林と連携出来ております。もちろんそのようなスギなどを植樹し経済林として計画する森づくりも大事です。また地域の生態系を豊かにすることを目的とする今回の植樹も大事です。どちらも大事です。また今まで私たちがやっていた植樹は間伐をしたスギ林の中にカエデを植え、カエデからメープルシロップをとる経済的な目的も兼ねた針広混交林(注1)の森づくりでした。この森づくりも大事で、一つのかたちです。森づくり自体が多様性に富んでおります。地域の生態系を逸脱せず、今の森林状況を分析し、資源としての木材を育てるのであれば需要と生産のバランスを熟考し、生物多様性が豊かで災害にも強い奥山・鎮守の森づくりも計画し、対話を深め気づかなかった選択肢も拾い出して、地域の森林ビジョンのデザインのなかで様々な植樹を行わなければなりません。次世代を創るということは綿密な研究と、美しいデザイン、そして共感・共有が大事です。男の子の気づきは植樹を通して豊かな次世代をつくるという大きな視野の広がりを感じさせられます。きっと自然観、文化観をもち家族、地域住民、国民のために活躍する大局観を持ったリーダーになることでしょう。

私たちはこのような価値共感共創のネットワークを醸成する仕組みづくりを深化させていかなければならないと益々強く感じ、それが山村振興、美しい国家づくりになると確信いたします。

(注1)針広混交林:森林の最上層である林冠層で、針葉樹と広葉樹とが混ざり合っている森林

 

まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

私たちの祖先は自然に生かされていることをよく知っていて自然を畏敬してきました。水も空気も様々な物質も当たり前のように身の回りにあるのではなく、この中学生のように、実際に森に足を踏み入れて、森を身近に感じとることで、自分というものの存在について考えを深め、友人たちも含めた語り合いの中で、「人そのものが自然の一部でしかない」(注)ということにたどりついたのは頼もしいです。もちろん人それぞれの森林の捉え方があって、それは社会が変わったり、自身が成長していく過程でも変わっていくと思いますが、それゆえに繰り返し自然や森林に触れ合う機会の提供は大事であり必要です。森に行くたびに発見と感動の連続があります。自分の住む家の中で、地域の自然や文化を感じとり、思いを巡らせることができれば、この上なく幸せなことで、心を豊かにしてくれると思います。

注)このことは、アルド・レオポルドが『野生のうたが聞こえる』(講談社学術文庫、原著は1949年)の中で指摘していますが、今回の感想は森林体験の結果のたまものです。

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