森林価値評価手法の確立

椎野潤ブログ(金融研究会第四回) 森林価値評価手法の確立

 

文責:角花菊次郎

昨今、各方面から森林への関心が高まっています。脱炭素社会の実現に貢献できるからという理由で、二酸化炭素を大量に排出する鉄鋼、化学、窯業・土石、石油、電力などの業界から森林の光合成による二酸化炭素吸収・蓄積機能へ熱い視線が注がれています。これは省エネ・再エネでも抑制できない二酸化炭素排出分を森林の吸収機能で相殺(オフセット)できないか、との目論見です。

この動きにSDGs実現への貢献をアピールしたい企業や差別化による妙味を享受したい投資家が加わり、森林を管理し採算の取れるかたちで経営できないかという民間事業者のニーズが高まっているのです。

しかし、複雑な生態系を構成する森林はそう易々とコントロールさせてはくれません。人間の都合に合わせようとしても、雨と風と虫を伴って反撃されるだけです。難しいところだと思います。

わが国の二酸化炭素排出量は年間約12億CO2t、一方、光合成による森林の二酸化炭素吸収量は算定方法にもよりますが、約4,300万CO2t(2019年度)とされています。排出量全体のわずか3.6%です。国内における炭素収支だけで考えた場合、森林に過大な期待はできないのです。

また、森林は木材生産以外に生物多様性維持、国土保全、水源涵養、文化的生活基盤の提供など私たちに様々な恩恵をもたらします。その森林を維持することは良いことだ、と企業活動に取り込もうとする動きが活発に見えます。しかし、営利企業が純粋なボランティアで投資するはずはありません。そんなことを派手にやれば株主から叱られます。当然ながら企業も投資家も赤字にならないかを考えながら行動します。

それではこの先、わが国の森林とどのように向き合っていったらいいのでしょうか。森林の外側にいる存在からの期待。難しくても温暖化対策に使いたい、SDGs実現への貢献をアピールして企業の評価を上げたい、株式や債券といったインフレーションの影響を強く受ける金融資産とは逆の相関を示す森林資産を投資ポートフォリオに組み入れたい、といった森林への期待にどう応えていくか。

その時求められるのは、可能な限り正確な森林資源の動態的把握と森林経営の収支予測です。二酸化炭素吸収量を含めた資源量の把握は技術的な進歩もあり、近い将来、関係者全員が納得できるレベルで実現可能だと思います。問題は森林経営が赤字にならないか、いくらの収益を出せるのかを見積もる手法がわが国では確立されていないことです。森林の経済的評価ツールの整備が喫緊の課題だと考えます。

森林経営によって安定した収益を確保していくためには、経営規模の拡大、路網整備、機械化、新たな施業方法の導入など、どうしてもお金が必要となります。初期投資のお金をどのように工面するか。森林経営者の立場から考えても、外部資金の調達、森林投資を呼び込むことは避けて通れないと思います。

投資家は、その森林に投資して期待できる収益率はどれくらいか、他の投資資産と比較してどれくらいの収益水準となるのか、を知りたいのです。そのためには、森林を買って、毎年の収支を予測し、投資期間が終了したときの売却益はいくらかを見積もった上で、収益還元法と呼ばれる手法を使い収益率を計算しなければなりません。投資家が投資判断できるように、ビルなどの商業用不動産評価と同じ手法を使う必要があるのです。

期待が高まるばかりのわが国の森林。期待に応えるためには、必要な情報を提供しなければなりません。森林の経済価値を評価する手法の確立。課題は山積みですが、先に進むためにはここが出発点になると思います。

以上

 

まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫

今回のブログは、森林投資の収益率を算定するためには、正確な森林資源の動態的把握と森林経営の収支予測、森林の経済価値を評価する手法の確立が必要であることを投資する立場から訴えたものです。カーボンクレジットを利用しながら、SDGs実現への貢献をアピールしたいという企業は多いでしょう。森林資産のメリットを最大限に発揮した例として、戦後のインフレのときに、奨学金を運営することができた埼玉県の本多静六博士奨学金があります。本多静六博士が埼玉県に寄贈した森林を活用して設立した基金が基になって、今に続いています。

森林に新たに投資するには、金利より高い林分の成長率と伐採搬出や管理コストを上回る利益が必要です。持続的に収入を得ていくためには、土地生産性が高く、手入れしながら林分の価値をさらに高めていくことができるような優良資産である必要があります。機械化を進めるには、事業量がなければなりませんが、面積が広くなれば、アクセスが悪かったり、斜面裏側などの不採算林分もでてきますので、様々な林分を計画的に管理していかなければなりません。地利が悪ければ、林道整備で改善できますので、投資の対象にはなりえます。病虫害や風水害、国際市場、為替など、いろいろな不確実性要因に対してリスクヘッジする必要もあります。過去の災害履歴やAIも活用したシミュレーションも行われたりしています。投資する森林だけでなく、投資対象にならない森林はどう扱うのかということも地域全体で考えなければなりません。いずれにしても、近年発達がめざましいICT技術を活用した森林資源の正確な把握は、国全体の森林の管理経営を図っていく上で出発点となる重要な取り組みです。

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