木材トレーサビリティで流通改革  原木価格を引き上げ森林再生に貢献 (その2)

林業再生・山村振興への一言(再開)

2020年8月(№25)

 

□椎野潤(続)ブログ(236)木材トレーサビリティで流通改革

原木価格を引き上げ森林再生に貢献(その2) 2020年8月7日

 

☆前書き

今日のブロクは、前回の続きです。伊佐裕さんが事業の発想と実績について語ります。

 

☆本文

[この木材のトレーサビリティシステムのノウハウを踏まえて新会社も設立しました]

約3年前に、我々工務店、そして山元の林業家、製材所、プレカット工場などの事業者が出資し「森林パートナーズ」という会社を立ち上げました。これらの事業者が木材の生産履歴情報をクラウド上で共有することで流通の無駄を省き、適正価格による取り引きを目指しています。

伊佐ホームズから、今年度はこれだけの木材を使用するということを、年2回、山元に伝えることで、その正確な需要情報に基づき、山元は無駄のない伐採、出荷が可能になります。流通改革を進め、現在、伊佐ホームズでは、原木を1あたり1万7000円で購入しています。従来に比べて1.5〜2倍多くの利益が山元へ還っています。

施主も、木材トレーサビリティシステムの情報を閲覧することが可能です。誰が生産し、どんな強度を持つ材がどこに使われているかを、知ることができます。木材の産地に関する情報なども付加して、消費者と産地を結びつけるツールにもなっています。施主のご家族などを秩父の森林へお連れし、植樹などを行う取り組みも行っています。

この木材トレーサビリティシステムをいかして付加価値を高めた住宅つくりにも取り組みました。秩父産材を構造材、内装材、外装材として使用する「田園都市の家」です。国産材サプライチェーン構築の取り組み、住宅内外のデザイン性などが評価されて、ウッドデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞しました。

この住宅は、秩父産の素材を多用し4500のスパンを飛ばし、大空間を創出することができることが特徴です。強度の問題から一般的に梁材に国産材が使われることは少ないのですが、木材1本1本の品質管理を徹底し、強度を明確にすることにより、新たな需要を生むことも可能になるのです。

 

[全国展開につなげていく予定はないのでしょうか]

福岡県や千葉県において、木材トレーサビリティシステムを導入したいという地域工務店が現れ、コンサルを行っています。それぞれの地域で新しい組織、流通体系ができていくことを期待しています。我々の取り組みに共感する方たちとともに、森林再生のネットワークを広げていきます。我々は、森林再生の取り組みのほかにも、秩父地域の空き家を再生して旅館へ再生させるプロジェクトの支援も行っています。(聞き手=沖水篤郎)(参考資料1、注1から引用)

 

☆まとめ

私は、伊佐さんの「森林パートナーズ」の発想と実践を読んで、驚いたことが2点あります。その第1は「住宅建築は総合芸術である」を、モットーにしている点です。そして第2は「住宅とは産業ではなく文化だ」と言い切っておられる点です。

私は、この一連のお話しを読んでいて、遠い昔に書いた1つの論文を思い出しました。私が建設業勤務の終末期に書いた、鉄筋コンクリート大型パネル工場の論文です(参考資料2、注2)。この工場は、鉄筋コンクリート造マンションの壁・床の巨大パネルを作る工場です。専門用語で言えば「多品種少量生産、混流連続生産(注3)」のオートメーション工場です。一棟ごと設計が違い、注文が決定してから作る住宅部品を、「フローライン(注4)」と呼ぶ生産ラインの、コンベア上を流して作る生産です。

当時、自動車産業でも、先進的な企業は始めていましたが、工場生産としては、最も難しい生産方式です。ここでも、結局「工場内物流」の合理化が勝負でした。私は、企業の定年退職後、60〜70歳では、これを工場の外に出し、伊佐さんが森林プラットフォームで出資したような業者たちをチェーンのように繋いで、流通を合理化するサプライチェーン構築に力を注いでいました。

こうして見ると、私が長い間やってきたことは、森林プラットフォームと、凄く似ているのです。でも、根本が違うのです。私が、この時作った工場で鍵になったのは、部品の標準化でした。そこで生産設計図のCAD(注5)を整備し、CADデータを、工場の生産ラインの自動機を動かすCAMデータ(注5)に変換する、CAD/CAMシステム(注5)を構築しました。

でも、整備していたのは、「生産設計図」でした。すなわち、「生産」のための「図面」なのです。「芸術」ではないのです。この考えの原点の相違は、重大でした。流通合理化の目的も、私にとっては、「産業」の改革でした。「文化」の革命でありませんでした。この原点の相違も甚大でした。

伊佐さんは、「住宅建築は総合芸術である」というモットーのもとで、美しい美術作品の高級な家を、世に遺し続けていました。それに感動した顧客が、伊佐さんの周囲に大勢いました。これが、製材工場やプレカット工場の利益を減らすことなく、顧客からは、それまで約束していた請負金を受け取って、林家に利益を1.5〜2倍、渡すことができた理由です。伊佐ホームズの芸術住宅への顧客の信頼は、確固たるものがありました。これが林家の利益を増やせた、真の理由です。

人口減少が続く社会で住宅産業が、日本の未来のGDP拡大を、永きにわたって支える幹になるには、業界の主力が、その「モットー」を伊佐さんのものに変換しようとするかどうかが鍵になります。この実現を目指し進まねばなりません。大きな収益を考えなくて良いのです。伊佐さんのように、自分に出来る範囲を、やり始めれば良いのです。これが進展すれば、収益が回復した林家のいる山村は、確実に振興します。

 

(注1)ハウジング・トリビューン:月2回刊の住生活産業ジャーナル誌。

(注2)参考資料2、pp.310〜315。

(注3)混流連続生産:寸法形状の異なる製品を、同一製造ライン上に流して連続生産すること。

(注4)フローライン:流れ作業の生産ライン。

(注5)CAD:コンピュータを用いて、設計・製図すること。CAMデータ:自動機械を作動させるデータ。CAD/CAMシステム:CADデータからCAMデータを作成するシステム。

 

参考資料

(1)Housing Tribune、2020.12。

(2)椎野潤著:PC部材製造工場のオートメーション化、PC住宅生産のCIM構築(その1)、日本建築学会技術報告集、第1号、建築雑誌1995増刊、VOL110.NO1382、1995年12月20日。

 

[付記]2020年8月11日

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です