木材について考える

□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第38回) 木材について考える

戸田てつお(森林総合監理士)

前回、林業は森林の持つ多面的機能を発揮させつつ森林を適正に管理し利益をあげるために木材等を生産していく産業だと捉えた。今回、その収穫物である木材について考えてみたい。

木材は、燃料や紙パルプ、そして住環境の資材として使われており、人類にとって非常に重要な資源となっている。日本国内での木材の利用は、8,188万㎥/年(一人あたり年間0.65㎥)であり、燃料としての利用は、(昔は薪としての利用であったが)現在は木質バイオマス発電向けの利用が進んでおり、国内需要量の17.9%を占めるまでになり、紙パルプ向けの木材チップ35.0%の約半分程度となっている。
住環境の資材としては、柱や梁といった構造材の他に、床、壁などの合板用材、仕上げの内装材、そして家具用材などとして、46.7%を占めている。木材は住環境のイメージが強いが、全体で見ると半分程度であり、紙需要と燃料としても多くが使われていることが分かる。
夜になれば明るさと、暖をとり調理に使えるエネルギー源であり、また文化を記す紙の原料であり、住環境の材料でもある万能選手である木材は、もしも木材が入手出来なかったら果たして人類は文明を構築出来たのだろうか、という気さえしてくる。
なお、輸入材は紙パルプチップが83.4%を占め、紙資源は海外に多く依存しているが、製材については、輸入材は50.8%であり、近年国産材回帰が進んでいるところである。
そのような、木材とはどのような物質なのか。
木材は、化学式的にはセルロースとヘミセルロース、リグニンによって構成されている有機物である。 セルロースは光合成で作られたグルコース(ブドウ糖)を水素分子(H)で架橋させた(グリコシド結合(脱水縮合))鎖状の高分子物質で、いわゆる食物繊維として知られている。ヘミセルロースは植物からセルロースとリグニンを取り出した残りであり、いろいろな種類がある。リグニンとは、木質素とも言われ、木材を木材たらしめている木化に大きく関与する物質であり(とはいえ、草にも含まれるが)、立体的な網状構造を持つフェノール(ベンゼン環を持つ物資)化合物である。例えると、鉄筋コンクリートの鉄筋がセルロース、鉄筋同士を縛る番線がヘミセルロース、生コンがリグニンのような働きをしている。
フェノールは非常に安定した(分解しにくい)物質であり、リグニンが木材の主要成分の一部ともいうこともあって、木材は安定した分解されにくい物質として存在している。 木材がどれくらい分解されにくい物質か、普段余り気に留めないが(むしろコンクリート等に比べ弱いような印象があるが)、燃えるか、キノコに食べられるか位しか分解されない。シロアリも体内にいるキノコ等(共生菌)を使って木材を分解して巣にしているし、中にはキノコを栽培するシロアリすらいる。
火気を断ち、キノコが繁殖できないような環境(水気を断つ、もしくは完全に水浸させる)に置いておけば、木材は数百年~数千年単位で保つと言われる。例えば、世界最古の木造建築物であると言われる奈良の法隆寺は、定期的にメンテナンスはしているとは言え、竣工の西暦607年から1,417年も経っている。20世紀に作られたコンクリート構造物が、耐用年数を過ぎて傷み始めていることを考えると、なかなか木材も丈夫な素材と感じられる。鉄やコンクリート、石などと比べて、非常に小さいエネルギーで(加工面、運搬面)、使うことが出来て、しかも毒性もなく、火事と、キノコなどが生えないように水回りにさえ気をつければ、長い年月保つという夢のような素材である。
このような木材であるが、どのような木でも利用できるかというと、そうではなく樹種を選ぶ必要がある。燃料に使うものは、炭素が詰まっている重くて硬い、そして火付き・火持ちが良いもの(カシ類)が良いし、紙として使うものは、繊維が長いものが良い(マツ類)。建築物に使うならば、かたちも重要だ。柱に使うのであれば、太くまっすぐに育ち、なおかつ加工しやすいものが良いし、家具として使うならば、人間の体重を支えられる程度の強度があり(強度があればあるほど必要材料を減らすことが出来るので、強度はありつつ人の手でも動かせるような軽い家具を作ることができる)、木目がきれいであれば、なおのこと良い(ケヤキなど)。
一言で木材といっても多種多様であり、特に広葉樹と針葉樹では性質が異なる。針葉樹は、広葉樹よりも早く登場した植物であり、樹形などを見ると広葉樹に比べて構造が比較的単純な作りをしている。広葉樹が太陽を求めて、複雑に枝分かれを繰り返し、葉っぱを展開するのに比べると、針葉樹は、まっすぐに成長し、いち早く太陽を浴び森林の上層を占めるような樹形を取る。 このことは、針葉樹の森林に入ると良く分かる。針葉樹は上層の太陽が当たる部分しか占有していないのに、広葉樹は大小様々、多種多様な樹種が、上層から漏れる光を上手く得ながら、多様な生態系を構築している。また、広葉樹は、その根からライバルとなり得る樹種の成長を阻害するような物質を出すそうだが、針葉樹にはそのような機能はなく、適正に管理した針葉樹の人工林では光を求めて侵入した広葉樹の下層植生が繁茂している。
針葉樹は上層をまっすぐ目指すことがプログラミングされているので、あまり複雑な組織にはなっておらず、軽く、柔らかく、繊維に沿って避けやすい。広葉樹は、日の光を求めて、枝分かれする枝を支えるため、硬く、重厚で、粘りのある木材になる方向に進化している。このような、針葉樹と広葉樹の違いは、木材の加工のしやすさに関わってくる。
スギは名前の通りまっすぐ成長するのでスギというとの話があるように、繊維に沿って割るのが容易であったため、住宅部材はもとより、割って樽や桶などにも利用された。住宅の構造、特に柱や梁に使う木材は、軽く、扱いやすい針葉樹が求められた。まっすぐに育つので柱や梁に使いやすい、針葉樹であるスギやヒノキが、昔から選択的に植えられ、人工林を構成する大事な品種として、開発されてきた。いわば、家畜化された木材品種だとも言える。
ところで、スギは柔らかい(ヤング率が低い)ので建物には向かないという話を聞くことがある。これは誤解であり、おそらくヤング率が高い方が品質が良いと思わせられると考えた住宅メーカーの隠謀ではないかと疑っている。そもそも、柔らかいというのは、横架材で使ったときにたわみやすいということであって、柱として使えば問題にはならない。スギの樹高は30~40mにも達する。一方、二階建て住宅は屋根を入れても10mにも満たない(建築基準法上8m以下とされている)。30~40mの高さを幹で受けていて問題ないのだから、住宅でも柱が必要本数あれば問題は無い。また、たわみやすさというのもスパンを飛ばす長さ次第であり梁背を高くとれば、同等のスパンをたわまずに確保できる。要は設計次第で、柔らかい材料でも料理できるということだ。無理して使う必要は無いけれど、上手く使えるならば、上手く使った方が良いと思う。
最後に、なぜスギのヤング率が低いのか。これは台風に対しての進化でもある。よく成長が早いから柔らかいなどと言われるが間違いだ。九州南部のスギはセルロースがバネのように低い確度でらせんを描いている。一方、台風の心配のない地域のスギはもう少しセルロースの角度が立っている。角度が高い方が支えが効くので曲がりにくく、角度が浅いと支えが効きにくいのでスライドしやすい。九州南部のスギはこの柔軟性があるので、台風が来ても折れずに風をいなすことが出来る。硬い木が強風を受けて折れたとしても、柔らかいスギは折れずに耐えることが出来た。だから、台風強襲地である南九州のスギは特に柔らかいのだ。
考えようによっては、住宅部材として、強い地震が来たときにも同様に、上手く折れずに耐えることが出来るのではないだろうか。

(参考文献)R4林業白書

☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
スギのヤング率についての話、考えさせられました。
木造住宅建築の構造材には、大きく分けて、梁や桁、土台といった曲げに対する強度が必要な横に使う材と、柱や束といった圧縮に対する強度が必要な縦に使う材があります。
ヤング率とは材の変形のしにくさを表わす係数で、横使いの際には、上方からかかる荷重による曲げの力に対する材の変形(たわみ)のしにくさを表しています。この曲げヤング係数と曲げ強度(曲げにより材が破壊されない範囲の最大の力)には一定の相関関係があり、破壊せずに機械で測定できる曲げヤング係数が曲げ強度の目安になっています。
製材JASの機械等級区分は機械でヤング係数を測定し等級区分するものです。測定されたヤング係数は、決められた幅でE値として6段階で等級表示することになっています。
また、設計をする際には使用する木材の圧縮、引張、曲げ、せん断の強度が必要とされるので、これを木材の種類や等級ごとに基準強度として国土交通省が決めています。E値に対応して、曲げ強度だけでなくその他の強度についても基準強度が与えられており、その数値はせん断強度を除き、E値が大きくなれば強度の数値も大きくなっています。
ヤング率が高い方が品質が良いと思わせられると考えた住宅メーカーの陰謀であるかどうかは別として、ヤング率が構造材としての品質を表わすものとしてJAS制度上も重要視されており、E値が建築設計において重要な役割を果たすようになっていることは事実です。でも、スギのE値が高くはないことをもって、巷にスギを軽視する言動があることはたいへん遺憾です。適材適所が日本の木の文化です。
ただし、おっしゃるように木造住宅の縦使いの柱については適材適所としてスギが向いているのですが、3階建、4階建、屋根の太陽光パネル、トリプルガラス窓など上部が重い建物が増えていく方向にあるので、圧縮強度が求められる縦使いについてもE値は重要になっていくものと思わざるを得ません。
スギの需要拡大も含めて花粉症対策を社会的に進めていくことが求められる中で、使う場所、使い方に関係なく、とにかくE値の高い材を求めがちな設計者には一考いただくとともに、うまく使えるところはスギを推してもらうような施主様などへの働きかけを、どうやって官民あげて進めていくかが課題だと思います。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です