森林組合の行方―林業サプライチェーンの実現に向けて②GISを活用した森林管理

□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第33回) 森林組合の行方―林業サプライチェーンの実現に向けて②GISを活用した森林管理

意欲を持って取り組んだ境界明確化と集約化施業ですが、数を重ねるごとに様々な課題も露呈してきました。やるほどに増える膨大な図面の管理はままならず、現地の杭や目印も永久ではありません。「結局は数年たてば振り出しに戻ってしまうのでは」「自己満足で終わってしまうのかな」、世代交代の不安を解消することで所有者の負託を受けているのに、こちらは独り相撲の様相。将来について、いろいろな思いがありましたが、物理的な限界を感じるようになっていました。そんな不安を抱えながら集約化を続けていました。
そして、平成一七年、山ノ内町から山村境界保全事業という事業の実施を持ちかけられました。事業規模は350ha、予定地の筆数は約800筆で国土調査の予備調査として、成果を公共座標化し集成図までを作成するとのこと。これまでに、境界明確化をやっていたといっても年間で40haが最大面積です。しかも、測量の知識を持っているわけではないので、座標化といってもどうしたら良いのか全く分かりません。正直なところ、その時はやりたくないと思いました。
ところが、ある日を境に状況は一変します。それは、前年度の実施事業体が使ったという、GISソフトとデジタル測量機器の説明を受けた時です。GPSで落とした基準点をデジタルコンパスで結び、ソフトに入力するとあっという間に測量成果がまとまる。しかも、PDAの使用で野帳いらず。その数日前、偶然テレビで見た伊能忠敬の特集で、使っている測量器具が江戸時代から基本は一緒ということを知り愕然としたすぐあとです。今となっては笑い話ですが、驚愕の先進機器だと思いました。
デジタル機器欲しさに、事業実施にとび付いたのは言うまでもありません。
それがGISとの出会いでした。

9団地1002haの森林経営計画を策定
事業はなんとかやりきることが出来ました。聞けば同年度で事業を完遂できなかったところもあったとかで、今思えば守り一辺倒だった当時の組合がよくも危ない橋を渡ったものだと感心しています。結果的に山村境界保全事業では、多くの成果を残すことができました。事業の主目的たる調査成果は当然ですが、そのデータをGISで管理ができるようなったことで、それまでの問題点を一掃することができました。また、集約化の機運が組織全体の事として広がり、それをきっかけに取組みが加速したのです。GISというツールに新しい可能性を見出し、活用方法を考えることで、若い世代も成長しました。
その後は、時代の流れの力も加わり、組織も変わっていきました。森林整備事業の主軸を林産にシフトし、実行のための基盤整備である集約化、境界明確化も基幹事業としての位置づけとなり、組織改編を行い、集約部門の専任配置も行いました。境界明確化の成果は、今年度の計画面積を加えると2700haになり、その内の9団地1002haで森林経営計画を策定しました。そして、今後のさらなる取り組みとして、境界線と所有の情報に独自調査をした森林資源情報を連動することで、伐採計画量の精度向上を図れるようシステム作りを進めています。

お互いに顔を合わすことで信頼関係を深める
GISは便利なツールです。これまでは人間の記憶に頼ってきた境界線の情報を、忘れずに記録し続けてくれます。また、付加機能によりさまざまな作業をこなしてくれます。反面、それだけではフォローしきれない部分もあります。そのため、当組合では境界明確化と集約化に関して、手法にこだわりを持って進めています。その手法とは、担当者が所有者一人一人に直接説明をして委託契約に結びつけることです。少々コストはかさみますが、お互いに顔を突き合わせて話をすることで、より多くの生きた情報を引き出すことが可能になり、信頼関係を深めることにもつながります。当たり前の話ですが、この部分は機械の力ではどうにもなりません。
所有者だけでなく、組織も必ず世代交代があります。「〇〇さんがいるから大丈夫」〇〇さんしかわからない」というのは危険です。これまでの林業、少なくとも当組合管内で活動が停滞した原因の一つは、事あるごとに情報が途切れ、振り出しに戻るようなことがあったからだと考えています。生産システムや現場の機械化にばかり目が行きがちな現在の林業ですが、それだけではなく、記憶と記録、そして地域での信頼をつないで行かなくては話が始まりません。地域森林管理のデータベースと生きた情報を媒介するツールとして、GISはこれまでにも増して活用の幅が広がり、林業経営にはなくてはならない存在になると私は考えています。
以上が「現代林業」掲載エッセイをもとにした文章です。懐かしい!若かりし頃の自分が照れくさいですね。身をもって情報活用の大切さを知りました。そして、その後も様々な縁を重ねて、森林の情報化、活用の沼にはまり込んでゆくのでした。
次回は森林資源のデジタルデータ活用を模索するようになる過程について記します。

☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
GIS導入前は、境界明確化と集約化施業も、数を重ねるごとに増えていく図面の管理や、現地の杭や目印の引き継いが大変になっていきましたが、ちょうどGISと出会ったことで、これらの問題点を一掃し、組織改革も進めることができました。若い世代の育成にもなりました。このことは林業の歴史において特筆すべき事で、堀澤さんはそこに椎野潤先生の言われる先導者の一人として身を置いておられました。組織の方でも、集約化、境界明確化を基幹事業として位置づける一方で、森林整備事業の主軸を林産にシフトしていくことができました。今後は森林資源情報を連動させることで、伐採計画量の精度向上を図ろうとしておられます。効率的なサプライチェーンに向けて威力になると思います。
林業のハード面を最大限生かすためには、情報活用が不可欠ですが、GISの出会いというチャンスを活かして、時代の波に乗ることができました。チャンスの神様は前髪しかないといわれますが、前髪をつかむにはチャンスを見逃さない眼力と判断力が必要です。それを組織が理解し、根付かせることも必要です。GISデータに溺れることなく、所有者一人一人に実際に接触することで、より多くの生きた情報を引き出し、信頼関係を構築してこられました。森林所有者との信頼関係がこれからサプライチェーンの中で大きなコストダウンにつながっていくことと思います。

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