建築業界の変化が国産材にもたらすもの

□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第31回) 建築業界の変化が国産材にもたらすもの
先日、北千葉にあるモック株式会社の大型パネル工場で、見学会と、設計に関連する新技術のお披露目が行われた。業界で注目を集める設計士が大型パネル技術に価値を見出し、自分の作品を手掛ける大工さんや工務店の人達を連れて来たのだ。そこで私達が目にしたものは、近年求められる住宅の高性能化に適合し、低待遇から減り続ける大工の負担を軽減する大型パネル、そして住宅のPDF図面を解析し、建築費の概算を瞬時に算出する概算AI、更に簡単な図面から住宅の構造を割り出し、耐震性能などのシミュレーションができる開発中のクラウドサービスと、「情報量が多すぎる」内容だった。
物流の問題とも絡み、建築の世界では長期的な人手不足への対応に、オフサイト建築、つまり現場施工でなく工場で生産した建築部材を組み立てる方式への移行が一つの解決策とされている。更に、これまで互換性の無い設計ソフトが吐き出す図面から、工程の複数段階で人が手で材料を拾うという行為が、概算AIの進化により軽減されると期待できる。そして、構造計算がその技術と組み合わさると、いずれはプレカットCADへの入力作業も無くなり、図面の情報は製材まで切れ目なくつながることになる。このような技術が登場してきた背景には、建築が大量運搬・大量消費の作り方から、適地調達・適量生産という手法に変わりつつある、大きな流れがあるようだ。これまで、海の向こうから来る大量・均質な木材に勝てなかった国産材が、合理的に選択される可能性が広がるのではと思う。
但しそのためには、価格と納期の公開、品質の担保が欠かせない。概算AIの木材仕様のページには、今は全国的に流通する外材や集成材が使われている。しかし開発者は、いずれここに「地域材ナビ」という機能を設け、建築場所と必要な部材から割り出した、その地域で供給可能な木材を選択できるようにする方針だ。そうなった時、上棟の3か月前までに需要情報が掴めるというメリットを、木材供給者が生かせるかどうか、そしてそこで提示した価格・納期・品質を守れるかどうかが重要だ。概算AIはEコマースではないので、見積もりから直接発注が来る訳ではないが、設計者がいざ地域材を発注しようとしたら、価格が遥かに高いとか、手配できないと言われれば、二度と使われなくなるだろう。従来、素材生産者と製材事業者の利害は対立するのが普通だったが、この仕組みで安定的な利益を得ようとすれば、両者の協力関係が促進されるかもしれない。
都会に建つ中低層ビルも、今後一定数が鉄筋から木造に変っていくだろう。建築は山に恋をし、足を伸ばして製材の近くまでやってきた。十分なお金を払わないのに機嫌の良い顔だけ見せろと勝手な事を言う輩に見えるかもしれないが、背を向けて荒れた岩屋に籠るなら何も変わらない。今のままでは衣を買い替えるお金も無いと訴え、宝物を持っていつ来るかを教えるなら、最高に美しい姿を見せると約束してはどうだろう。都会に森が広がる、建築と森林の幸福な結婚を祝う日が来ることを願う。

☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
大量運搬・大量消費の作り方から、適地調達・適量生産という手法が選択肢に上がってきて、建築業界から地元森林へのラブコールです。ようやくこのような時代になりました。今回、重要な命題がたくさん潜んでいます。例をあげてみます。
「木造住宅は高性能化してきた。しかし、施工する人の待遇をどう改善していくか」。
「オフサイト建築のさらにその先にあるものは」。
「住宅のPDF図面のAIによる費用や構造の解析の活用」。
「必要な部材から割り出した、その地域で供給可能な木材を選択し、入手するには」。
価格と納期の公開、品質の担保が欠かせないと指摘しておられますが、椎野先生は国産材が使われない一番の理由は「納期」であるとされています。納期が信頼できると言われて重宝されてきた外材が納期を守れなくなって起こったウッドショックは人災といえるでしょう。地元森林が納期を守ることができるようにするには、「価格を透明にし」、地域間のネットワークを通じてお互いの安全弁を用意しておくことで対応できるのではと思います。現にウッドショックのときにこのつながりが功を奏した事例があります。
素材生産者と製材事業者の利害は木材市場をはさんで直接衝突することはなかったですが、このことが長い間お互いの成長を阻害してきました。「両者の協力関係をもっと促進するにはどうしたらよいか」。
都会に森が広がるためには、消費者からの応援もなければなりません。その源泉は地下水脈としてあるはずですので、「どうやって掘り当てるか」。これらをひとつひとつ検証していくことができれば、森は売り手側に立つことができるでしょう。

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