□ 椎野潤ブログ(塩地研究会第29回) 林業労働災害撲滅へ向けて「貧すれば鈍する」林業からの脱却へ⑤森林業は知識集約型産業
北都留森林組合専務理事兼参事 中田無双
一次産業である森林業は、労働集約型産業と言われていますが、高度で多面的な知的労働が要求される知識集約型産業です。森林業は、工場内の組立ライン作業のような単純労働では決してなく、とても複雑で多工程な、物凄い高度な技術を要する産業です。山林内での作業には、設計図はありません。伐倒技術には、扱い方をミスすれば危険な刃物であるチェンソーというエンジン機械構造の仕組みを理解し、しっかりとしたチェンソーを扱う高度な技術を身に付け、山林の傾斜や地形を読み、風向きや風速を瞬時に見極め、木の重心を想像し、優れた空間認識力を持ち、それらを瞬時に総合させ判断したイメージ通りに伐倒を行うというプロアスリート並みの体力と運動神経が求められます。また、全く同じ条件下での作業はひとつも無く、あらゆる条件が違う木々と毎回向き合いながら作業を行うことが求められます。しっかりとした森林生態系の知識を身に付け、山全体をどうデザインするのかといった芸術的なセンスも求められます。これまでは、私たちは自分自身の経験と勘に頼って伐倒作業を行ってきましたが、これからは各個人に蓄積されてきた経験や技術といったものを、ICT技術をフル活用しながら森林業界のビックデータとして活かしていくこと、それは各事業体組織内に留まらず林業界全体で共有していく仕組みを構築していかなければならないと考えています。これからの日本森林業界にとって労働災害撲滅に向け「情報」「技術」「価値観」、この3つの共有ができる環境をいかに構築していくことが出来るか、素晴らしく明るく希望の持てる森林業の将来のために、その実現に向けた時間との勝負が始まっています。労働安全対策について今、このまま足踏みをしていたら将来を担う若者たちからも見限られ、日本の森林業の未来はないという大変な危機感を持って日々仕事と向き合っています。
ヒューマンエラーはシステムエラー
労働災害発生原因には、ヒューマンエラーとシステムエラーとがあり、ヒューマンエラーは、法律や規則、規範や常識等々すべきことに対して行わなかった、してはいけないことをしたことを意味するそうです。システムエラーは、作業システムの不備を意味するそうです。これまで怪我をした作業者個人の不注意が原因で発生したと考えられてきた労働災害も、それを個人の問題とするのではなく、作業者をとりまく作業環境との相互作用の結果として誘発された作業システムエラーの問題だと捉え、問題のある作業システム改善へ繋げていかなければならないとう考え方が大事だと言われています。人は必ずエラーするものという前提に立ち、怪我をしたことを個人の問題とするのではなく、組織としていかにエラーを未然に防ぐことができるのか、より最小の被害に留めることができるのかということを作業環境、職場風土、同僚、チームワーク、コミュニケーション、作業マニュアル、教育訓練、安全装備導入等々あらゆる角度から総合的に安全作業について全関係者が一緒に考えることが大事なのだと思います。
森林業発展のカギは新規就業者確保と定着
森林業発展のカギは、新規就業者確保と定着ですが、その一番のカギはこの労働災害撲滅への本気の取組です。今、人材獲得競争は森林業界に留まらず全ての産業界の中での獲得競争は激化しています。当組合へ就業を希望する学生と面談していると内定先は森林組合に留まらず企業、商社、公務員と多岐にわたっています。彼らは物凄く森林業界について真剣に勉強しており、森林との係り方や自分自身がやりたい仕事、仕事への志をしっかりと持ち、業界の垣根を超え自己実現のために相応しい職場をしっかりと選んで就職活動をしているようです。また、私たちが求める人材は誰でも良い訳ではなく、より優秀な人材が必要とされているのです。その新規就業者が安全で安心して長く働けるための環境をより早く整備していかなければなりません。
最終回は、林業労働安全対策の強化と、人材育成投資の必要性についてです。
☆まとめ 「塾頭の一言」 酒井秀夫
森林業は、何を植えたらよいか、環境に配慮しながら森からどうやって利益を得るかというところから始まるとすると、まさに知識集約型産業です。理にもかなうように自然を読み取らなければなりません。常に自然と対話できる力が必要です。
これまでは個人が経験と勘に頼って作業を行ってきたかもしれませんが、これからはICT技術をフル活用しながら、林業界全体で共有していく仕組みにしていかなければならないと提言しておられます。そして、労働災害撲滅に向けて、「情報」「技術」「価値観」の3つの共有ができる環境の実現に向けた時間との勝負が始まっているとのことです。
人は必ずエラーするものという森林業にとって看過できない重要なご指摘がありました。このことについて道路における安全システムを援用してみたいと思います(ニュージーランド運輸局)。
道路の安全システムは、道路利用者が間違いを起こしても、重大な傷害を負うということは容認しないという立場に立って、次の4つの原理に基づいています。
①人はミスを犯すもので、事故は避けられない。②人は脆弱であり、衝突の力に対して耐えられる能力が限られている。③ システムの設計者や道路利用者は、すべて責任を分かち合わなければならない。④ひとつが失敗しても他で守れるように、システムのすべての部分を強化しなければならない。
これを林業作業にも適用して、安全システムの4本の柱を定めることができます。
1.安全な作業:ミスを予測することができ、その業務が安全なスピードで行われる。
2.安全な速度:作業の安全のレベルに対応して、作業の進捗を理解し、状況に応じた作業をする。
3.安全な機械・道具:たとえ事故があっても作業者を守る。
4.安全な機械利用:技量があり、有能でいつも注意を払っている作業員を想定する。規則に従い、つねに安全の向上を求めていく。
そして、中田さんは、組織としていかにエラーを未然に防ぐことができるのか、より最小の被害に留めることができるのかということをあらゆる角度から総合的に全関係者が一緒に考えることが大事なのだと指摘されています。この実践例は第3回で、安全管理特別指導事業場指定に指定されて、職員全員と本気の話し合いを行ったことが報告されています。中田さんの対話力が伝わってきます。知識集約型産業として、人との対話だけでなく、自然や社会との対話も求められます。自己実現のために相応しい職場をしっかりと選んで就職活動をしている新規就業者と受け入れる組織の対話力が求められていると言えます。