木材先物取引について(2)

□ 椎野潤ブログ(金融研究会第17回) 木材先物取引について(2)

文責:角花菊次郎

3年前、需給ギャップに起因するウッドショックの衝撃。品薄と価格高騰。ウッドショックは新型コロナウイルスによるもの以前にも2回のショックがあったとされています。1回目は90年代にアメリカのフクロウ保護を目的とした伐採規制による供給不足、2回目は2008年のリーマンショック前に起きた住宅建設ラッシュによる価格高騰。また遡れば明治期以降、国内要因だけでも価格の高騰と暴落は繰り返されてきました。

経営に多大な影響を与える価格変動リスク。このリスクを抑制するため、業界では相対での予約・先払い契約といった先渡取引(forward trading)が試みられてきました。しかし、先渡取引では価格変動リスクのヘッジ、相場の安定には不十分です。やはりヘッジの本丸は先物取引(futures trading)と言えます。

先物取引の機能として最も重要なものは価格変動リスクのヘッジ機能です。リスクヘッジとは、将来起こりうるリスクの程度を予測して、リスクを回避あるいは軽減することです。ヘッジ機能の基本的な仕組みは前回のブログで少しご紹介しましたが、現物市場における契約とは反対の契約を先物市場で締結することです。例えば木材の買い付けを行った業者はこれと同量の木材を先物市場において売る契約を締結します。現物価格と先物価格は同じ方向に変動するので一方の市場の損失は他方の市場の利益で相殺できるのです。この場合の基本的な原理として、売りの数量と買いの数量とは均衡しなければならないということが挙げられます。そうでなければ取引は成立しません。しかしここで問題となるのは、取引参加者の市場予測は同じ方向になりがちということです。通常は売りヘッジが買いヘッジを大幅に上回ります。そこでこの売りと買いの差を埋め合わせるために買いを入れる「危険負担資本(risk-bearing capital)」の存在が必要とされるのです。危険負担資本とはスペキュレーション(speculation)、つまり投機によって利潤を狙う投機家のことです。多様な投資判断で損をするリスクを負ってでも売買の差額獲得を目指す投機家が取引の反対側にいるおかげでヘッジが可能となります。このようなヘッジ取引が行われる先物取引所は経済学では「リスク再配分市場」と呼ばれています。

先物取引における重要な機能の二つ目はこの投機の機会を提供することと言えます。投機と聞くと、価格を乱高下させる元凶、需給調整の取り組みに影響を与える存在ではないかとネガティブな印象で受け止められがちです。しかし、価格変動を利用してその差益を求める投機家は市場経済の発達とともに昔から存在してきました。

投機家の投機、思惑取引として例に挙げられるのは江戸時代の木材問屋です。当時の家屋は木と紙でできていて燃えやすく、大火が頻繁に起きました。大火事があると材木屋が儲かり、それゆえ江戸初期の富商は木材問屋が多かったそうです。一方で木材は投機性が強く、思惑通りに高騰すると膨大な儲けを得られましたが、思惑が外れると膨大な在庫を抱えて首が回らなくなります。投機はハイリスク・ハイリターン。しかし、今日のグローバルな商品市場を見ると、原油、貴金属、穀物に加え株式指数や国債などを原資産とした商品先物の取引高は世界的に増加しています。そこでは、価格変動に対する保険としてのヘッジ目的だけではなく、価格変動差益を追求する投機、さらには理論的にみて割高なところを売り、同時に割安なところを買うといった取引、つまりゆがんだ価格差(サヤ)から収益を求める取引であるところの裁定取引(arbitrage)なども活発に行われています。

確かに、過剰な投機資金の流入による悪影響もありますが、それよりも投機資金が流入しないことに起因する流動性不足の方が先物市場の成立にとって深刻な問題といえるのです。

ここまで木材を扱う業界にとって経営に多大な影響を与える価格変動リスクをヘッジするには先物取引が有効な手段となり、その取引が成立するためには投機を目的とした資金の流入、投機家の取引参加が必須の条件になることを確認してきました。

次回は、先物取引が行われる先物取引所の役割と取引所で形成される先物価格の意義などについて考えてみたいと思います。

以 上

☆まとめ 「塾頭の一言」 本郷浩二
私も急激な価格変動が木材業界に及ぼすリスクを取り除くことがたいへん重要だと思っています。
時間上の価格差の思惑に翻弄されて最大利益を得よう(あるいは最小損失にしよう)と行動する売り手と買い手が正負にわたって過剰な行動をとることによって、さらに価格変動が急激に拡大し、これが中小規模の経営体に及ぼすリスクは大きいものと思います。
政府によるコスト転嫁の掛け声や、コストが上がることによる数回にわたる最近の生活必需品の値上げの話を聞きますと、木材もいわゆる相場取引ではなく、コスト、適正利潤を反映した定価的な販売ができるようにする方法はないのかと思うことしきりです。コスト割れするような価格は付けられないのに、マーケット(買い手)はそれを要求してきます。逆もあるでしょう。買い手の採算に合わないような高い価格で売ることもリスクと言えます。ですから、たいがいの売り手は従来からの顧客には売り値の上昇をなるべく抑えようとします。
需要と供給で価格が調整されるという古典的な経済理論しか習ったことがない私にとっては、相場におけるこのような過剰な圧力、思惑取引、買い占め、売り惜しみ、投げ売りといった極端な取引行動を抑制し価格の安定を図るような方策を考えてみても、答がありません。先物取引はその答となる知恵でしょうか。
次回も先物取引についての解説が続きます。私は大きな関心を持ってこの問題について知見を伺いたいと思います。
経済の様々な仕組みは、各々の関係者は経済合理的な行動をとるものと考えられて、有効に機能するように組み立ててきたのだと思いますが、行動経済学の知見では、一般的な人間は、必ずしも経済合理性に合わない行動を行うようです。その中で、同じ額であれば利得を喜ぶことよりも損失を嫌うという心理に基づく行動を選択する者が多いことが明らかになっています。お話にありますリスクのヘッジ機能で、売りヘッジが買いヘッジを大幅に上回るというのはそのような行動によるからで、先物取引はそのような大多数の人間による不合理で過大な反応を合理的な方向に緩和する機能を織り込んでいるということなのかを、ぜひ詳しく知りたいところです。
また、コメについての先物取引が相当の期間の検討と試行を経て、最近、制度化されたと記憶しています。我が国において、コメと製材品については、輸入品の存在について条件が大きく異なりますが、輸入品のシェアが木材の先物取引に及ぼす影響といったことも知りたいところです。当然、木材の樹種や産地、グレードごとに先物取引価格が設定されるのでしょうが、WW(ホワイトウッド)とスギというように柱角や間柱で競合する樹種がある場合、そのような商品の価格の動きはシェアによって違いがあるのかどうかが気になります。
そして、在庫能力がまったく不十分である我が国の製材品の場合、先物取引という仕組みが安定して機能するのかもわかりません。
どうぞ、ご教示をお願いいたします。

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