森を守るため、日本の林業の再生のために、何とか少しでも役に立ちたいと勢い込んで寺子屋セミナーを受講した私ですが、座学は良いとしても、問題は実技でした。その時点で既に40代後半、もともと体が弱く、持ち合わせているのは箱根でのパークボランティアで培った多少の脚力のみです。山道を登るだけなら何とかなっても
岐阜の林業Iターンミーティングで、私は今でも師と仰ぐ方に出会う事ができました。それが森林生態学の藤森隆郎先生です。先生は、気候変動枠組み条約政府間パネル(IPCC)の委員をされ、議長から表彰されたほどの専門家でありながら、地域での小規模なイベントの講師を引き受け、素人相手にも大変分かりやすい説明
林業塾の最終日、速水社長は塾生に一枚のチラシを見せ、「興味がある人は行ってみたら」と仰いました。それは岐阜のNPOが主催する「林業Iターンミーティング」というイベントでした。使命感に燃え、どんな事でも吸収したいと意気込んでいた私は、早速その催しに申し込んだのです。23人の塾生の内、参加したのは私一人
速水林業の林業塾を受講したことで、もう一つ大きな関りが生まれたのが、「FSCジャパン」です。正式な会の名称は「特定非営利活動法人 日本森林管理協議会」で、速水社長が日本で初めて森のFSC認証を取得したこともあり、森林認証を推進していこうと設立されたばかりの団体でした。FSCは「Forest Stew
2007年7月に家づくり体験塾を修了した後、私の関心は建築よりも森林・林業に傾いていました。日本中にこれほど森があるのに、どうして住宅のほとんどが外材で建てられるのだろう、その疑問が頭を離れなかったのです。そんな中、書店で一冊の本に出会います。速水林業の現社長、速水亨氏の御父上、速水勉氏の書かれ
私達が野地板を張った後で、専門の職人さんが屋根を鉄板で葺いてくれました。各地の現場で余ったものを格安で譲り受けたそうで、モザイクのように色とりどりでした。2月には、開口部のサッシやドアの取り付け、外部の壁の下地張りが行われました。ここで私は一生忘れられない大失敗をしたのです。作業分担
10月に始まった体験塾ですが、回を重ねるごとに参加者同士の絆は深まっていきました。男性が15人、女性が5人くらいだったでしょうか。食事当番は男女とも公平に割り当てられ、その時は仲間と協力して苦手な料理も頑張りました。建築の基礎知識や道具の使い方を学びながら、11月上旬には地鎮祭、コンクリート
この体験塾では、何人もの大工の棟梁が私達を指導してくれました。塾生は安価な大工道具一式を購入し、指金の使い方から墨付けのやり方、ノミやゲンノウの扱い、鋸の挽き方など、一通り教わって実践に移ります。当時宿泊していた古民家は30人近い人が泊まれる広さでしたが、昔の人と現代の私達では水回りの感覚が大違い、
家づくり体験塾のカリキュラムは多方面にわたっており、木造軸組住宅の構造や部材の名称、木材に関する事や、左官や畳、設備についても広く学びました。そこで印象に残っているのが、木材業界では広く知られた、杉・檜・外材を露地に固定し、経年変化を観察した実験です。簡単に言ってしまえば、杉・檜に比べ、外材は腐
私がなぜ国産材振興に拘るのか、時間をかけて説明をしても、中々納得してはもらえません。山林を所有している訳でも、林学を学んだ訳でもない、長く一般企業に勤め、何の専門家でもない私が、なぜ国産材利用推進の先頭に立つなどと大きな事を言えるのでしょうか。その理由と主張を伝えるために、これまでの経験のうち、