文月ブログ

木々に寄せて-その7「欅」

新緑の季節はどんな木も瑞々しい衣装を身にまといますが、欅のそれは殊に人目を引く、格別の美しさだと感じます。互生する新しい葉をつけた沢山の枝が一斉に四方に伸び、その微妙に異なる緑の濃淡が重なり合って風に揺れる様子は、ずっと見ていたいと思うほどです。
そんな思いは多くの人に共通していたのでしょう。仙台の定禅寺通や新宿副都心など、全国には人々に愛される多くの欅並木が存在します。その木陰にどれだけの人が憩い、安定感のある樹形と涼やかな緑に癒されてきたことでしょう。
一方、森林・林業にのめり込んだ私は、京都の清水寺の舞台を支える柱が欅だと知ってとても驚きました。舞台には最長12メートルの欅の大木が使われていますが、欅は割と低い位置で枝分かれし、幹が曲がることも多いので、相当の巨木にならない限り、あんなに長い木材は採れないはずだからです。清水寺に限らず、昔から神社仏閣には欅が多く使われてきましたが、傷んだ部分を修繕したくても、材の入手は簡単ではないようです。人工林の多い針葉樹でさえ、伝統建築に使える材の調達には苦労すると聞くのに、計画的な生産が難しい広葉樹の場合は尚更でしょう。このような状況から、2000年に、京都の各地で欅の植林が始まったそうです。しかし、「文化遺産を未来につなぐ森作り会議」で出会った宮大工さんも、欅の大木を育てるノウハウは確立していないと、心配そうに仰っていました。杉や檜は人が植えて育てた長い歴史があり、人がどのように介入したらどんな材が採れる木になるのか、ある程度分かっています。それでも、一般的な建築に使う樹齢50~60年を超え、超長伐期施業と呼ばれる100年以上の大木を育てる方法は、実は良くわかっていないと、知人の林業家は言っていました。ですから、清水の舞台の最端部を支える、樹齢300~400年の欅を育てることができるかどうかは、まだ誰にも分りません。
以前、ある木材団体が主催する、木材アドバイザーという資格を取得するための講習会に参加しました。その際、木片から様々な木を見分ける実践訓練がありましたが、拡大鏡で見ると、欅は水を通す導管が太くはっきりしていて、他の樹種との区別が容易でした。それが、美しい木目となって人々を惹きつける理由なのかもしれません。しかし、見た目の優美さからは想像できないほど、材質は堅く、しかも狂いやすい、大工泣かせの木だそうです。だからこそ価値も高く、多くの人手や時間をかける、神社仏閣に用いられてきたのでしょう。
建築だけでなく、高級家具や仏像にも、欅は使われてきました。確かに、古い仏像を拝観すると、欅の一刀彫と書かれた説明を目にすることが良くあります。加工しにくい堅い木ですが、その分、長く多くの人に拝まれる仏像になるようにと、仏師は人生をかけて刻みに挑んだことでしょう。
京都で植林された欅がこの先どのように育つのか、今生きている私達は恐らく見届けることができません。しかし、子孫のために、今できることを精一杯やったと言えるよう力を尽くすことは、決して無駄ではないでしょう。仏像に込められた、人々を救う仏を作るのだという強い思いが、今なお私達の心を打つように、いつか見上げる欅の大木に、未来への思いを汲み取る人々がいてくれることを願います。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP