文月ブログ

森と生きるために-ヘルスツーリズムの進化

旅行会社のグループ企業に勤めていた時、私は一時期ヘルスケア事業に関わっていて、人間ドックの予約や精算代行、検診データの集約などの業務を行っていました。そんな関係もあり、ヘルスツーリズムには自分でも関心があったほか、それを開発する地域の方からのお声がけも頂いて、広島や岡山、長野など、各地のモニターツアーに参加してきました。
7~8年前、ヘルスツーリズムに力を入れている同期の友人に誘われ、森林浴の効果を実証する実験が行われていた広島県のある町を訪れたことがあります。当時は特に、健康への効果に「エビデンス」が無いことが問題とされていて、森を歩く前と後で、血圧や脳波などにどのような変化があったか、仮にストレス物質が減少したとして、それがどのくらい持続するのか、といった数値を測る実証実験が行われていました。私は箱根でパークボランティアをしていたこともあり、森の中を歩くコースやその案内の仕方などについて、アドバイスを求められていました。とても美しく、歩きやすいコースでしたが、途中、残念なトラブルがありました。河岸の木にいくつかのハンモックが張られていて、どうぞお休み下さいと言われた私は、乗ろうとしたもののバランスを崩して落ちてしまい、下にあった岩で肋骨を折る怪我をしてしまったのです。その時はたいしたことは無いように思えて、普通に移動して自宅に帰りましたが、後が大変でした。それでも、町の人々が自分の経験を役立て、二度と怪我をする人が出ないように気を配ってくれるだろうと、間抜けな自分を慰めたものです。
3年ほど前に、同じ友人と岡山県の町に行った頃には、健康への効果は既に実証済みで、もっと一人一人の健康状態やストレス状況に合わせたプログラムを作るという方向になっていたように思います。友人は特に、メンタルの問題で会社を休職した人の復職支援に、大きな可能性があると考えていました。うつ病などを発症して会社を休む人の多くは、復帰してもすぐ休職を繰り返し、最終的に辞めてしまうことが多いのです。それは企業にとって大きな問題で、その改善に役立つなら、例え一人に数十万円のコストがかかったとしても、需要があるはずだと話していました。復帰のためのプログラムには、自然に親しむほか、地元の畜産農家での牛への給餌、福祉作業所を兼ねた乗馬クラブの馬房の清掃補助など、労働をとおした地域の人々との交流がいくつも含まれています。都会のオフィスとは違う世界があること、半人前でも温かく見守ってくれる人々がいること、それを体験することで、自分を肯定し、更に甘えを断ち切るきっかけを作ろうという試みでした。
昨日お話した信濃町では、健保組合と契約して新人研修などを行い、離職率を大幅に下げるといった成果を上げています。新型コロナで人の移動が大幅に制限され、これまで積み上げて来た各地の取り組みに大きなブレーキがかかった感がありますが、長く関わってきた人達は決して諦めていないでしょう。
ヘルスツーリズムは、実は旅行を考える人向けのものではありません。観光地はどこもお金や労力をかけて、一人でも多くの客に来てもらうよう、地域の魅力を磨きぬいています。そこには厳しい競争があり、健康に良いプログラムだからと言って、高いお金を払う顧客はほとんど存在しないのです。ドイツのように、普通の生活ができなくなった人が、医師の処方によって、安価で森に滞在できる、そんなことが当たり前になって欲しいものです。きっとその時、森と人のつながり、地域の暮らしの豊かさ、それが更に大きな価値を持って、疲れた人を優しく癒してくれることでしょう。

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