文月ブログ

森を巡る旅-言葉の探求その10「書籍への挑戦③」

5月末には、全ての筆者の原稿が揃いました。私は「旅を終えて」の初稿を出してはいましたが、全体をとおして見た時に、改めて思うことを含め、大きく手を入れたいと考えていました。初稿を出してからも、ロシアのウクライナ侵攻とその長期化、佐伯や紀州の山を訪ねて見聞きしたことなど、外部環境も現状認識にも大きな変化があったからです。書籍というのは、出版の時点でどんなに最善を尽くしても、その後に大きな変化が起きることもあれば、内容に齟齬があったことに気付いても、後で書き直すことはできません。(増刷になるほど売れれば改定版が出ることもありますが、普通は無理です)それでも、ギリギリまで力を出し切ろうと思いました。
そしてまた、出版が決まった時には必ずしも明確でなかった、新しい主題が出て来たことも、最後に追記する必要がありました。それは、私達がこの本を出すのは、日本の森林を宝に変えて、その富を「これからの世代」に渡すためだということです。森林列島再生論は、長く放置された日本の森林を、建築やバイオマスと連携させることで宝に変える方法を世に示そうと意図された本ですが、その富は誰のものなのかについて、当初は「山に還す」という言葉で曖昧にしていました。しかし、本の内容が固まるにつれ、主な執筆者の間で、この富は老人達のものではない、1000兆円もの借金を作ってしまった我々世代のせめてもの償いに、これからの世代が使うべきものだ、という共通認識が生まれていったのです。
そして何より、執筆者の皆様の原稿を読んだ後で、独りよがりでない読者目線で原稿を書けているのかどうか、編集者側から厳しい指摘を頂いたこともあり、私は最終的に、「旅を終えて」を全部書き直すことにしました。本当に苦しい作業でしたが、必ずできるはずだと自分に言い聞かせ、この2か月間にも成長した自身の思考と感覚を信じて、16ページ、約2万字の原稿を仕上げることができました。
そこからは、ファクトチェックという作業を行います。特に記載する数字の信ぴょう性は、書籍全体の信頼性にも関わる部分ですので、5月末に出た「林業白書」にその根拠を求めました。林野庁が毎年発表する「林業白書」は、全部で約250ページ。森林の蓄積量や炭素吸収量など、書いてありそうな項目を探してチェックします。それだけでなく、自分の書いた内容に大きな事実誤認が無いか、その不安を払拭するために、結局は全ページを読んで内容を確認していきました。
私達が書いた原稿は、出版社のプロの方達が目を通し、使う漢字の統一(事→こと など)や、わかりにくい部分の補足説明の要望、冗長な文章の削除など、厳しくチェックされます。執筆者の個性は生かしつつ、読みやすさや書籍全体の統一感を追求する仕事は、さすがだと思いました。これも一度では終わらず、ギリギリまで推敲が重ねられることでしょう。これから更に、文章の間に挟む図版や写真などについても、検討や試行が重ねられていくようです。
一冊の本が世に出るまでに、いかに多くの人が関わり、内容のすり合わせや確認を繰り返すか、肌で感じることができたのは貴重な経験でした。ネットには記事情報が溢れ返り、原稿料の安さもあって、中には一日に2万字を書く人もいるそうです。しかし当然ながら、そんな分量を自分の思考だけで書ける人は恐らくいません。ほとんどは他の媒体からのコピーだろうと、知人の編集者は話していました。だからこそ、多くの人が集まり、責任を持って作り上げる出版物の価値は、将来にわたり決して消えることはないでしょう。
私自身を大きく変え、成長させてくれたこの本は、きっと私の人生の宝物になるはずです。書店に並ぶ日を待ちながら、今後も自分の言葉を探し、森を巡る旅を続けていこうと思います。

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