森林認証のFSCジャパン(日本森林管理協議会)に個人加入して19年近い。この認証を始めて知った時は、何と素晴らしい活動だろうと感激し、少しでも普及に貢献したいと無給でイベントの手伝いなどに関わった。当時は使える予算が少なく、事務局長もほとんど手弁当で活動されていたと思う。その後、紙の無駄を環境破壊と捉える消費者の声に敏感なメーカーの要望に応える形で、製紙やパッケージ業界でのFSC認証取得が進んだ。現在では、マクドナルドの紙製品、イオンのトップバリュー、各社の紙パック飲料やBOXティッシュなど、多くの製品にごく普通にFSCマークがついている。そういった大企業の支払うライセンス料の一部が本部からの収入となり、現在のFSCジャパンは専任の人材を5人以上雇用できる財政規模を持つまでになった。それは喜ばしい事なのだが、問題は日本国内のFM(認証林)が中々増えていかないことだ。
国内のFM取得者は34、面積は合わせて約43万㏊、日本の森林面積の約1.7%に過ぎない。そしてここ15年間、ほとんど増えていない。認証の取得と継続のための審査にかかる費用を製品価格に転嫁するのが難しく、FSCは儲からないと、注目はされても費用対効果に疑問を持たれている。
日本人の環境意識が低いのかというと決してそんな事はない。一つ言えるのは、人は紙が木材から作られていて、使い終われば捨てられ燃やされる事を知っているが、建築や家具など木材を木材として使う事には、もったいないとか環境破壊だと思うことは少ないというシンプルな違いがあることだ。林業の多くは人の少ない山奥で営まれるので、一般道から外れた奥地にハゲ山が広がっていてもほとんど気づかれない。都市部の人間が普段目にする山々は緑に覆われているので、中に入ってみたら土壌が流出し、モヤシのような木ばかりが並んでいるとしても、遠目には何の問題も無いように見える。消費者のほとんどは、国産の木材の中に持続可能性が担保されないものが半分以上あるという事を全く知らない。これでは、FSCの価値を理解してもらうのは難しくて当然だろう。
FSCの取得のために守らなくてはならない基準は厳しく多岐にわたる。森林自体の健全性の維持や生物多様性への配慮は当然として、他にも先住民の権利を侵していないか、環境汚染や労働安全への取り組みが充分か、ジェンダー平等に対する制度や実効性はどうかなど、木を伐って使うのにそこまで必要なの?と思うような内容だ。
一見オーバースペックに見えるFSCの基準だが、そもそも日本人の多くは木を伐る事自体をけしからん、良くないと思っている。それでも必要性は認めるので、せめて木を伐る際は、社会に対して悪影響を及ぼすような事をしないというお作法を守りなさい、というのは多くの人にとって自然な感情ではないだろうか。
日本人は「再造林していない」といった相手を下げる発言にはあまり反応しない。FSCが、木の命を頂くという行為に対してしっかりお作法を守っている証だということを、地道に伝えていくのが最善の道なのだろう。本来なら、日本では基準を守るのが当たり前で、わざわざお金を払って審査され証明してもらう必要はない、という状況が訪れることが最も望ましい。私が実現に期待する森林直販は、先端技術が木材トレーサビリティを担保し、山側・施主の両方に恩恵をもたらす。そういった技術が全国に普及し、日本人が森との睦まじさを取り戻す日が来るだろうか。FSCに関わりながら、私はそんな事を考え続けている。
文月ブログ
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