文月ブログ

実物大の木造校舎を燃やした人々

 今から14年前の2012年2月、茨城県つくば市で、早稲田大学を代表とする産官学による「木造3階建て学校の実大火災実験(予備実験)」が実施された。先日、当時早稲田大学で大きな役割を担われた、桜設計集団一級建築士事務所代表、安井昇氏の講演を聞く機会があった。木造建築に関わる人なら知っていて当然だろうが、私のような素人には初めて聞く話で、大変興味深いものだった。
 実験当日の朝、木造3階建て、建築面積:約830㎡、延べ面積:約2,260㎡の建物の、職員室を模した一階の部屋に火がつけられた。炎は天井を貫通してわずか8分後に3階にまで達し、激しく燃え上がって、防火壁で区切られた区画も含め、2時間後には全て倒壊した。当時、木材業界からは、何という事をしてくれたんだと非難の声が上がったといい、私自身もそれを伝え聞いた覚えがある。木造は火に弱い、そのイメージを更に増幅する映像が流れるのは、業界にとって迷惑以外の何物でもないと受け止められただろう。
 しかしこの実験には続きがある。同年11月、今度は岐阜県の下呂市で2回目の火災実験(準備実験)が行われ、その際は、燃え抜けを防止するため天井を不燃材に変えたり、上層階への延焼を防ぐためのバルコニーや庇を設けたりした。すると今度は、着火から40分経っても炎は室内に留まり、実験の継続のために窓を割って松明を投げ入れ再点火するという経過を辿った。3階への延焼を確認できた後の142分後に消化を開始した結果、階段室や防火壁を通じた別区画への延焼は起きず、躯体も倒壊することは無かった。この実験の翌年、内装の一部を不燃化するなど条件を変えて本試験が実施され、その結果を反映して、2015年に建築基準法の第21条、第27条の性能規定化が行われ、更に2019年には耐火要件の性能規定化という形で基準法の改正が実施されたそうだ。
 私に法改正の詳細を語る能力は無いが、はっきり言えるのは、木造校舎に火を放ち、600を超えるセンサーや30台近いカメラ映像を駆使しながら、炎と煙の挙動、何がどの程度その増長を抑えるのかを精緻に調べ上げた人々のおかげで、木材がより多くの建築物に使われる環境が整ったという事だ。
 校舎というのは、最も木造化が期待され、かつ最も高い安全性が求められる建物だと思う。しかし実物大の建築物を燃やしてデータを取る実験は、世界でも日本でしか行われていないらしい。安井氏も紹介していたが、日本には昔から、高い天守閣の外壁を分厚い土で塗り固めるなど、火を抑え込む知恵があった。軒を伝って延焼するのを防ぐ「袖うだつ」、木造と土蔵を交互に配置するといった火災への備えが、木造文化を支えてきたのだと言う。そのような土台があったからこそ、不燃材・防火壁などの新しい製品や知見を取り入れながら、柱・梁・腰壁・床など子供達の目に入り手を触れる部分を含めていかに安全に木質化するか、それを調査する実験が実現したのだろう。
 国内の森林資源が充分に成熟した今、鉄骨やRCの価格高騰もあり、公共建築はもちろん民間の建物も木造が増えていくだろう。なぜ木造なのか?という時代から、なぜ木造にしないのか?と問われる時代へ。更に特殊材でなく一般流通材で、しかもできるだけ地域の木材を使って作る、そうした流れが次第に大きくなり、可能にする技術や道具が揃いつつある時だからこそ、「井戸を掘った人」ならぬ「校舎を燃やした人」への感謝を忘れないでいようと思う。
(写真は魚津市立星の杜小学校HPより)

参考資料:国土技術政策総合研究所
https://www.nilim.go.jp/lab/bbg/kasai/h23/top.htm

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