文月ブログ

母なる森

今年の母の日は5月10日だった。毎年この季節に思い出す歌がある。
「母眠る越後恋しき つま眠る信濃は更に 風になりたし」
詠んだのは都内に住む高齢女性だそうだ。新潟で生まれ、信州で夫と暮らし、今は親族のいる東京に住んでいるのだろうか。彼の地に行きたくても叶わないこの身が風であればと願う、切ないが風景が瞼に浮かんでくる歌だ。
たまにお茶を飲む近所の老婦人は、「母はどうしているだろうか、最近さっぱり便りが無い」とよく仰る。ご自身が90歳を超える身で、お祖母さんはとっくに亡くなったと息子さんが説明しても、受け入れたくないのだろう。遠い空を見るように、「松山に帰りたい」と幾度も呟く。私は曖昧に微笑んで、「そのうち帰れるといいですね」と返す。母のいる場所、母の記憶が残る場所は、多くの人にとってかけがえのない故郷なのだろう。
日本人にとって、「社会」は現世に生きる人だけでなく、先祖や未来の世代を含む概念だと、哲学者の内山節氏が語っていた。それを支えていたのが「土地」であり「家」だったのだが、戦後は「家」よりも「個人」が尊重される時代になり、日本人の多くは土地や家に縛られない自由を得ると同時に、祖先の恩や将来世代への責任までも忘れ去ってしまった。80年を経て、私達はそれが「個人」にとって本当に幸せなことなのか?という問いと、単に昔に戻るという実現不可能な方法以外に、新たな土地との結びつき、その地で生きていく人同士の連帯と、過去と未来への想像力をどう形作るのか、という課題に直面している。
日本の林業が抱える最も大きな問題は「小口所有」だと私は考えている。入会地だった山が細かく分けられて個人所有になった時期や経緯は各地で様々だと聞くが、「家」が解体され「個人」が前面に出た時代と同期している。本来、森林は山や川と同様、個人所有に馴染まない「みんなのもの」だと思うのだが、住宅地や田畑と同じように分けられてしまったことが、今も林業の自立を阻んでいると感じる。
高度成長期に人が田舎から都会に吸い寄せられ、拡大造林で植えられた木を手入れする人が減った上に、木材の価格は下落して、多くの人工林が放置されてしまった。それでも木々は育ち、太り、膨大な蓄積を備えて使われるのを待っている。まるで母の愛のような、無償・無限の慈しみに満ちた姿で。
「生きにくさ」と名付けられた「個人」の脆さ・危うさは、森を再び大きなまとまりにし、森の命を活かしながらつなぐという生業(なりわい)を通して、「地縁」でも「血縁」でもない「価値観縁」で結ばれた共同体の中に溶かし込むことが可能なのではないだろうか。
懐に抱かれる安心感、永遠の許し、限りない譲与、それは時に厳しい叱咤となり、内省と自律を促し、鍛錬を命じる声にもなる。そんな母の声を聞きに、更に森の奥へと足を踏み入れたくなる初夏だ。

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