ツアーを振り返って、まず整理しなくてはいけないのは、「再造林」に関わる佐伯と耳川の現状、そしてそれを引き起こしている理由についてだろう。私は今回、ツアーの正式名称を「佐伯・耳川を訪ねて再造林を引き寄せる旅」とした。単に「見る」とか「学ぶ」ではなく、自らが果たす役割を見つけて欲しいという思いを「引き寄せる」と表現した。結果的に、私の意図を理解して下さる方々にご参加頂けたと自負している。
佐伯広域森林組合、耳川広域森林組合、両者はいずれも、素材生産事業者の伐採した土地を含む年間400~500㏊の再造林を継続して行っている。ということは同時に、毎年その約5倍の面積(2000~2500㏊)の下刈りと、新規造林面積と同じかそれ以上の除間伐を行う必要があることを意味する。その点はほぼ同じだが、佐伯では伐採が再造林可能な範囲でコントロールされているのに対し、耳川では伐採のペースに再造林が追いつかず、2~3年待ちの場合もある。そして佐伯では造林の新規就労希望者が増えて管轄を超えた地域まで請け負うケースが出てきているのに対し、耳川では造林班に入って来る若者が少なく担い手が不足している。その違いがどうして生まれたのか、私が出した答えは次のようなものだ。
佐伯が「製材を軸とする一貫生産による好循環」を実現している一方で、耳川は「分断から生じる見えないコスト」に蝕まれている。
どういうことか、両者の違いを詳しく説明すると、再造林を担っているのは、佐伯では主に個人事業主、耳川は森林組合に直接雇用される作業員だ。佐伯では以前から、過酷な作業に従事する人には歩合制でより稼げる仕組みが有効だと考え、自前の造林班で技術を身に付けた人に独立を促してきた。二年程度で造林・育林の技術を覚えると一人親方となり、家族や知人を誘って、森林組合から委託された現場で仕事をする。例えば真夏の下刈りでは、涼しい早朝5時頃に作業を始め、休憩を挟んで10時か11時には仕事を終える。しかし多く稼ぎたい人は、日が陰る4時頃から更に数時間、現場に入るそうだ。そのように体力と才覚をフルに活用することで、年収1,000万円を超える人もいる。同じ地域を5年間受け持ち、下刈りや枯れた苗木の補植も行うので、植栽もそれを意識して丁寧に行う。つまり全体の作業量が減り、収入が増えるよう行動するインセンティブが働くので、生産性が高くなる。
実際に、佐伯広域森林組合が造林事業者に支払う作業単価は、周辺地域に比べ極端に高い訳ではないそうだ。それよりも大きな要素は、年間を通じて切れ目なく仕事があることだと言う。ある地域の植栽を請け負えば、5年間、そこでの仕事が保証される。苗木が育って若木になり、森になっていく様子を見るのは嬉しいことで、稼げるだけでなく山主に感謝もされる最高の仕事だと、以前話を聞いた親方は熱を込めて語ってくれた。
そんなやりがいを感じられる仕事の裏には、再造林を考慮した伐採業者の後片付けと、バイオマス利用が進んだことによる地拵えの容易さがある。かつては佐伯でも、伐った後の片づけをしない乱暴な素材生産事業者がいたそうだが、山主に業者を選んでもらう人気投票などの工夫によって排除または改善してきた。加えて、佐伯では曲がりの大きい根元から2mを一律に林地に残し、それをチップにしてバイオマス発電所に売ることで、再送林にかかる山主の負担を実質ゼロにしている。更に最近では周辺にバイオマス発電所が増え、燃料の奪い合いで買い取り価格が上昇しているせいで、以前は山に置かれていた枝葉を回収して販売する業者が現れ、林地が更に片付くと共に植栽できる面積が広がっている。次第に、造林は楽ではないが、やればやっただけ儲かるという話が口コミで広がり、ここ数年で120人だった請負作業員が180人に増えたという。
このような好循環を生み出せるのは、常に一年分の立木の買い取り在庫を確保しているからだ。原木価格の相場は変動するため、森林組合の多くはリスクを避けようと山主からの委託を受けて伐採し、市場などに持ち込む。いくらで売れたかは関係なく、自分達は伐採や運搬・補助金申請の費用を受け取るだけだ。しかし佐伯広域森林組合は、2009年に稼働した大型製材機を効率的に運用するため、立木の買い取りを進めてきた。そのため伐採から製材・共販・再造林まで、全ての行程で計画的な施業・生産が実現できている。ライバルである素材生産事業者も、一方では製材工場に必要な適寸丸太や共販所への原木供給者であり、再造林に向けた地拵えのパートナーとして緊張感を保ちつつ包摂している。ここに至るまでに彼らがどれだけ挑戦と失敗を繰り返し、課題にがむしゃらに向き合って解決してきたか、私には想像もつかない。
この佐伯と対照的なのが耳川広域森林組合で、地域の主要産業として雇用を維持し、組合員のために真面目な努力を続けてきたが、厳しい状況に直面している。
まず造林班が直接雇用なので、キツイ仕事であってもこれまでは他の部門より待遇を良くすることが難しかった。宮崎県が定めた再造林条例により補助金が上乗せされたことで、ようやく造林班に賞与が出せるようになったが、中々若い人が入ってこない。そんな中で毎年500㏊の再造林を続けているのは頭が下がる思いだが、長年スギの生産量日本一を続ける宮崎県の伐採スピードはそれを上回り、すぐには植栽ができない状況になっている。管内の日向市には中国木材の巨大製材工場があり、原木を持ち込めばいくらでも買ってくれる。そのような環境で高性能林業機械に投資した素材生産事業者は、その償却のためにひたすら伐り続ける必要があり、跡地の片づけなど面倒な事はせずに済ませたいのが本音だ。そのため、中には価値の低い原木をそのまま放置したり、大小さまざまなタンコロ(使えない根本の部分)が散乱していたりする現場もある。佐伯が2mというルールを設けているのは、造材できる部分を無駄にしない範囲で、グラップルで掴みやすい長さを決めたものだ。短いタンコロは機械で掴むことができず、植栽する場所を確保するには人が手で運び出すしかない。伐採後に2年も放置された現場は雑草が生い茂り、草刈もしなくてはならない。普通の現場でも地拵えには1㏊当たり20~30万円かかるそうだ。これは伐採と再造林が分断されている結果生じたコストで、ジワジワと組合の経営を蝕んでいる。
全国で中々再造林が進まない理由も、恐らくこうした分断からきているのだろう。しかし耳川の人々は歯を食いしばり、根性という掛け声のもとで再造林をやり続けている。そのひたむきさには心から敬意を表したい。ただ、もしかしたら、従業員を一人親方などという不安定な身分にさせまいと守ることが今後も正しいのか、考える時期に来ているのかもしれない。私が以前お会いした佐伯の親方は真夏なのに日焼けもせず、下刈りも慣れれば実はキツイ作業ではないと楽しげに話していた。自分の裁量で働く時間を決められ、しかも稼げる働き方は、耳川の人々にとっても一つの方向性を示しているのではないだろうか。
耳川でも立木の買い取りを行ってはいるが、基本は山主からの委託なので、相場が上がっている時は伐ってくれという山主の要望を優先する。全体を最適化するような施業計画を組むことは難しいのが実情のようだ。他にも、耳川の管内には5つの市町村があり、補助金の出し方が全て異なるとか、各種情報の共有が難しいといった不利な面もある。このうち、伐採届の共有や、ルールを守らない事業者の排除については、宮崎県が進めるネットワーク構築によって改善が期待できそうだ。耳川の人々の生真面目さが生かされる環境が整っていけば、新しい展開が見えてくるかもしれない。
ここまで見て来ると一つの疑問が生じる。それは、中国木材の工場と佐伯は50キロしか離れていないのに、なぜ佐伯管内では再造林のスピードを超える過剰伐採が起こらないのか、ということだ。私が思いつく答えはただ一つ。「佐伯が原木(立木)を高く買っているから」ではないだろうか。佐伯では、立木を買い付ける際、山主が手にする金額は1㏊あたり200万円という事も珍しくない。しかし同じ九州でも他の地域では100万円程度の場合が多いようだ。耳川でもバイオマス発電の燃料が不足気味になった時、これで残材がバイオマス用に回収され、林地が片付くのではと期待したものの、実際に起こったのは手入れ不足の林分を丸ごと主伐してバイオマスに持ち込むという事象だったそうだ。立木を安く買えるので、売り先がバイオマスでも伐採事業者は採算が取れてしまう。一方の佐伯では1㏊200万円で買うため、造材を工夫してできるだけ建材として売らないと割に合わない。つまり佐伯が製材工場で得た利益を元手に立木を高く買っていることが、地域の森林を守り、資源としての価値を高めている。言い換えると、佐伯は「原木(立木)を高く買う事を起点とする好循環」を生み出しているのだと思う。
「原木を高く買える仕組みを創る」これが再造林のカギなのであれば、佐伯のような大きな製材所を持たなくても、別の方法で実現できる可能性があるのではないだろうか。
次回は、全体を通してのまとめで最後を締めくくりたい。
(続く)
文月ブログ
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