2023年6月9日、この日、大分県の佐伯市で、林業・木材業、そして建築業界にも大きなインパクトを与える協定が締結されました。「再造林型木材取引協定」、需要者が木材価格に再造林費用を上乗せした価格で購入するという取り決めです。
協定の当事者は、2×4用の住宅資材供給で年間15,000棟の実績を持つ「ウイング株式会社」、100%再造林を実施している「佐伯広域森林組合」、「佐伯市」、そして木造大型パネルの技術を持つ「ウッドステーション株式会社」の4者です。
このような、需要者と生産者が自治体を巻き込んで連携し、カーボンニュートラルや地域活性化を目指して協定を結ぶというケースはこれまでもありました。しかし今回の協定が画期的なのは、「再造林費用を価格に上乗せする」つまり買い手側が製品を一般的な価格より「高く買う」こと、しかも「年間10,000立法メートル以上」とその量も明記し、森林組合が製材設備に巨額の投資をするのを後押ししていることです。
「再造林」と一口で言っても、一般の人々がイメージする「植林」と現実とはかなりの開きがあります。世の中のほとんどの人は、山に木を植えればあとは勝手に育つと思い、「木を植える」行為の後のことは想像もしていないでしょう。しかし、先日お会いした森林に関する公的機関の方はこう言っていました。「苗木の値段も、植栽(山に苗木を植える作業)費用も造林経費全体から見ればカスのようなもの。獣害防止策と下刈り作業が大部分」だと。
江戸時代に人々は狼を絶滅させ、シカやイノシシを狩って肉や毛皮を活用し、奥山に追いやってきました。昭和・平成と、多くの人が山から離れ都会に流れ込んだ結果、山は獣たちの楽園となり、いくら駆除しても追いつかないほど爆発的に増えています。そんな状況では、せっかく苗木を植えても、獣が入り込まないようネットで囲わなければ、あっという間に食べ尽くされてしまうのです。佐伯広域森林組合では、試行錯誤を繰り返した結果、柵に張った金網を外側に長く垂らす「スカート」と呼ばれる手法を採用し、ようやく稚樹の食害を減らすことができたそうです。シカは蹄に網が絡むのを嫌がり、アナグマなどが柵の外から穴を掘って侵入するのを防ぐ効果もあるのでしょう。重たい資材を山に上げて設置し、時には見回りをして、傷んだ箇所があれば修理をしなくてはなりません。植えた苗木の中には、活着せず枯れてしまうものもありますが、佐伯ではこれを植え直します。真夏には遮るものの無い炎天下での下草刈り、これを何年も繰り返さなければ、幼樹は雑草に遮られて光を浴びられず、やはり枯れてしまいます。これが「再造林」と言われる仕事の実態なのです。
これほどの手間を必要とするにも拘わらず、現在の一般的な立ち木の価格は一本1,000円程度でしかありません。1ヘクタールの立ち木を売っても、様々な手数料を差し引くと100万円前後、場所によっては50万円以下というケースもあります。先述したような再造林のコストは1ヘクタールあたり100万円~200万円かかると言われていますので、再造林したくてもできず、ハゲ山が増える結果(再造林率3~4割)を招いているのです。
国産材の価格がここまで下がったのは、海外から安く品質の良い材が入ってきていたという理由だけではありません。日本が長いデフレ経済の時代、弱いものに価格のしわ寄せを押し付けるという慣習が浸透してしまったことが大きいのではと、私は考えています。需要者側は住宅の価格を下げて競争に勝つために、運送業者や大工など様々な働く人への手当を削り、もっと値段を下げろという圧力を上流にかけ続けました。木材供給者も、赤字を補助金で穴埋めしてもらうことに慣れ、根本的な課題に切り込むことは稀でした。その間に、物言わぬ日本の山の価値は、「再造林」つまり資源の維持ができるだけの利益すら残らないほど低くなっていったのです。
そんな、持続不可能な木材利用を続けることが許されるのでしょうか。先祖が植えて育て、自分ではなく孫子の代に恵みをもたらすようにと遺してくれた森林を、伐るだけ伐ってあとは知らぬ、そういった状況を変えようとする試みが今回の協定です。ウッドステーションの塩地氏は自身のSNSで、これを「再造林費用の社会への転嫁」と表現しました。
今、日本では物価の高騰が問題になっています。しかし、材料費も電気代も上がるのに、値上げせずに従業員の待遇を下げたりするよりは、よほど健全な動きです。働き手の不足も顕在化する中で、資源の維持に必要な正当な対価を製品価格に転嫁すること、同時に技術革新によって最終製品の価値を高め、消費者の合理的な選択の結果、競争力を勝ち得ること、それを通して、この協定は「再造林費用の社会への転嫁」を実現していくことでしょう。
次回は、協定の当事者達が具体的に進めようとしていることについてお話します。
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