明治40年に創立され、今年で119年を迎える神奈川県立吉田島(よしだじま)高等学校、その取り組みを知り、矢倉沢演習林(約30ha)を見せて頂く機会があった。昭和5年には吉田島農林学校となり、当時はここで林学を学べると、本多静六の著書を抱え、期待に胸を膨らませた学生が集まったそうだ。時代の流れで、今の学科は「環境緑地科」に変わったが、毎年数十人は林業を学ぶコースを選択する。
祖父の代から三代続けてこの高校で学んだという地元の林家、杉山精一氏の話を聞くと、授業や「黒ヶ畑寮」に宿泊しての実習は今では考えられないほど厳しく辛い日々だったが、卒業すればその日から農家や林家の経営を担えるほど、実践的なものだったという。
8年前に林業担当として教職に就いた石塚洋平氏は、この高校を卒業後、信州大学の大学院で学び、林業会社で現場作業を経験してきた。着任当時の演習林は、雨が降る度に林道に土砂が流れ出していたが、地形を考慮して作業道を入れ、水の道を塞ぐことで解消した。この地域の森林はスギノアカネトラカミキリによる食害や漏脂病の被害が多く、安く買い叩かれる傾向にあったが、石塚氏は生徒達と共に木取りを考えて製材し、時には被害部分を敢えてデザインに活かす工夫をして木の価値を高めている。他にも、成長の早いコウヨウザンと、樹皮を漢方薬、葉を茶の原料として売れる杜仲の木を混植し、10年ごとに収入を得られるモデル林も育成している。
石塚氏が生徒達に教えたいのは、「夢を語れる林業」を自分で切り拓く術なのだろう。それを強力に後押しするのが、株式会社OWL(アウル)の塩沢恵子氏だ。森林3次元計測システム「OWL」の開発メンバーで、自ら演習林に足を運び、石塚氏らに計測や解析の技術を指導している。演習林では今、59年ぶりに一部で皆伐が実施されているが、石塚氏は林分をOWLで計測することで、予め生産量を算出し、伐る前に全て売り先を見つけ、販売契約を結んでいるそうだ。この先には、歴代の生徒達が植えて手入れをし、今の生徒達が計測・分析・製材する木材を実際の木造建築に使うという目標がある。幸いなことに、つい最近公開された「建築知能」というサイトのサービスを使えば、建築図面をアップするだけで必要な部材の詳細が表示される。林業で大きな夢を語り実現することは、その気になれば十分可能な環境が整ってきたと思う。
杉山氏は、自宅から直径50㎝もある大きな杉の断面を持参していた。その中心の直径5㎝ほどの場所には、彼の祖父が枝打ちをした跡が残っている。林業は、自分のためではなく、時には何世代も後の子孫のために汗をかく仕事だ。頭では理解していても、実際にその証拠を目の前にすると、改めて先人達の行為の尊さに胸が熱くなる。
生徒達と一緒に長く演習林を手入れし、今も現役で伐採・搬出を行う杉山氏、商売のためだけでなく、森林のデータ化が山村を変えるのに役立つと開発を続ける塩沢氏、林業の知識や経験を活かしながら製材や木材販売にも力を入れ、「夢を持て」と生徒を叱咤する石塚氏、他にも様々な人達が関わり支える吉田島高校は、この地に新しい林業を生みだす拠点になっていくだろう。歴史はただの記録ではなく、厚く堆積して新芽を育む土壌なのだと教えられた一日だった。
文月ブログ
コメント