文月ブログ

森を巡る旅-風の正体

昔、箱根で仲間と共に山の斜面を歩いていた時、急に強い風が吹いてきてみんなの足を止め、しばらく経つとまた嘘のように静かになったことがあります。その時、博学な男性が「気圧の谷の通過かな」と言うのを聞き、真偽のほどは別として、胸が高鳴ったのを覚えています。ネットで調べると、「高気圧に覆われていても、上空を気圧の谷が通過すると、一時的に天気が崩れることがある」とされるので、もしかしたら本当にそうだったのかもしれません。
風はなぜ吹くのか、簡単に言ってしまえば、気圧の高い場所から、低い場所に向かって気流が流れる現象だと言うことになるでしょう。しかし、天気予報で気象予報士が指し示す図によくあるように、風の向きは地形にも左右され、互いに干渉し合い、正確な予測はとても難しいもののようです。
千葉の八街市あたりは落花生の生産で有名ですが、ここは風が非常に強く、それに耐えられる作物として落花生が多く作られるようになったと聞きました。畑に何も植えられていないと、強い風に砂埃が舞い上がり、外に干した洗濯物が茶色になってしまうなど、昔は大変だったそうです。
「風は、吹いてしまいたい、吹いて平衡になりたいから吹く」のだと本で読んだ時、とても納得しました。私は歩くのが早く、通勤の際などは目的地に向かってひたすら歩を進めます。それは別に急いでいるからではなく、「着いてしまいたい、着かねばならぬ場所に着いて落ち着きたい」から、早く歩くので、風が吹きたい理由に似ていると思いました。地球の自転が生む偏西風と、主に海洋から生まれる大量の水蒸気、それらが複雑に影響し合い、気候を作っています。大気の大きな流れの波の一つが、窓から見える街路樹を大きく揺らしていると思うと、ただの「風」も地球の体温を伝えるメッセンジャーのように思えてきます。
強い風は時に、林業に大きな被害をもたらします。台風などで吹き倒された木の伐採は非常に危険で、下手に鋸を入れると、蓄えられた力が急に解放されて跳ね返り、20メートルも飛ばされたという人もいました。倒れなくても、風の力で繊維が切れてしまうと、木材としての価値が下がってしまいます。そういう状態は「モメ」や「フウトウ」と呼ばれ、外皮に残る水平の線で見分けるそうです。台風で多くの木が倒れると、その処理には多くの労力がかかり、地域の木材の価格にも影響を与えます。林業家さんの話を聞くと、数十年から百年を超える樹木を育てるリスクは、とても個人で負いきれるものではないという気がします。それをカバーするのは保険なのか、森林信託のような金融商品か、もしくは地域会社のような新しい仕組みなのか、様々な手法が試されるような状況を作りたいものです。
選挙ではよく「風が吹く」という表現をしますが、自分ではどうにもならない、世の中の空気・風潮を指すものです。森林再生について、私はある意味ずっと、「風を待つ」姿勢でした。しかし今は、できるものなら、「風を吹かせたい」そう本気で思っています。

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