林業・木材業で、情熱を持って取り組んでいた人が、諦めたように他の業界に移っていく、それは組織や人の新陳代謝が進まず、業界全体が硬直化しているからではないか、と私は感じます。それは日本中で起きていることで、林業・木材業に限ったことではない、と言う声があるかもしれません。しかし、例えばNHKのニュースで、こんな話が取り上げられていました。清酒業界では、何と70年間、新規の酒造免許が一件も交付されていないそうです。それは人口減少で酒の消費量が低下していく中で、需給のバランスを取るためと説明されていますが、つまりは既存の企業を守るためでしょう。そんな厳しい状況にありながら、日本酒の新しい魅力を発信したいという意欲を持つ人々が、果物やお茶などを使って風味付けをする「クラフトサケ」として、「その他の醸造酒」の製造免許を取得し、革新的なお酒を造り、協会を結成して世界に打って出ようとしているそうです。既存のメーカーを守る行政の厚い壁があっても、このようなことが可能なのは、作ったものを直接消費者に届け、そこで評価を得られる自信があるからでしょう。
日本の林業では、これまで伐った木がどこで使われるのか、わかるケースはごく稀でした。「地産地消の家」を謳う工務店もありますが、価格が高くなりがちで、広く普及しているとは言えません。木材は大半がプロダクトアウトで、多くの事業者の手を経て流通し、いつ誰が、何に使うのかわからないのが普通です。手書きやFAXが未だに残り、しかも価格が安いので、一部の企業が近代化を図ろうとしても、そのコストに見合う費用対効果を得るのは困難だったでしょう。業務の更新が進まなかったのは無理もない面があります。長すぎるサプライチェーン、複雑で非効率な商習慣、変化を厭う高齢の経営者、結果としての後継者の不在、それらが業界全体の新陳代謝を阻んできたのだと思います。
大型パネルは、サプライチェーンを一気に短縮できる技術です。それを利用して、小さなエリアで最適な供給システムを構築すれば、既存の多くの企業に合わせることなく、彼らを抜き去って新しいビジネスモデルを立ち上げることができるはずです。それはこの業界に大きな波紋を広げ、新規参入者の増加という新たな成長をもたらすでしょう。それは同時に、変化に対応できない、古い事業者に退場を促すことを意味します。
日本は、高度経済成長期を通じて、海外の家電・カメラ・時計など多くのメーカーを潰してきました。そうして得られた企業の競争力や海外資産によって、今の日本が支えられています。国内にあっても、変化について来られない企業には去ってもらう以外にありません。それが嫌なら、同じ業態に固執することなく、自らが大型パネル工場を建て、あるいは出資して、木材の目利きとしての能力を生かせば良いのです。
古く固まったサプライチェーンにおいて、中間流通を省くだけでは、大きな変化は起こせません。排除された人や企業の恨みを買うだけで、全体の利益は増えず、変化を後押しする力が足りないからです。しかし大型パネルは大きな利益を生み出し、変化に伴う痛みや負担を和らげ、マイナス要因を乗り越えて拡大するエネルギーを創出します。だからこそ、大型パネルに出会った時、私はこの技術が、日本の林業・木材業を産業化する切り札だと確信したのです。
理論的には正しくても、具体化が可能なのか、そのように感じる方も多いかもしれません。しかし既に、実現に向けて力強く進む事例が幾つも生まれています。この業界に豊富な養分が流れ込み、新しい細胞が次々と生まれる日が近づいているようです。
文月ブログ
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