文月ブログ

クマと共に生きる道

 日本の森林は野生生物の楽園になっていて、増え過ぎたシカやイノシシと同じように、森からあふれ出たクマが人里に現れている、一般に報道されているように、私もずっとそう思っていた。しかし実態は全く違う事を強く示唆する本に出合った。金井塚務著「奥山を捨てたクマ―大量出没の謎を解く」読んでみると、今起きている事の深刻さと、そこに至った原因を作り続けてきた日本社会の在り方に身震いする思いがした。
 関心のある方は是非本を読んで頂きたいが、印象深い項目だけをいくつか抜き出してみる。ちなみに、本書で記述されているのはツキノワグマに関してで、著者はヒグマには言及していない。自分の無知をさらけ出すようだが、私が最も驚いたのは、クマがもともと山菜やドングリなどの植物を主食にしていた訳ではないという事だ。クマが雑食なのは知っていたが、歯の形も消化管の長さも、本来は肉食獣のもの。昆虫や魚を食べた後のフンは良く消化されてあまり残らないが、植物は大量に食べて大量に排泄するため内容物が残りやすい。フンの状況だけを見れば、植物に偏った雑食性だという判断に陥りやすい。生息個体数についても、一頭ごとの個性の違いが大きく正確な把握が難しいのに、統計的に問題の大きい推定値がまかり通っているようだ。
 クマはもともと奥山を棲家としていたが、そこで暮らせなくなり、人影の少なくなった里山に押し出されている。その最初のきっかけは戦後に始まった拡大造林だったと書かれていて、胸がザワつく。それは良く言われる針葉樹がダメなどという単純なものではなく、深い森に蓄積していた腐葉土や小さな水たまりに生息する無数の生き物達、彼らが介在して成り立っていた物質循環が、大規模皆伐と単一種の造林、林道の敷設による乾燥化で失われたという事らしい。それだけではなく、河川の本流支流を問わず建設された多くのダムや堰が、森と海の栄養素の循環を分断し、川に魚がいなくなった。(渓流釣りの雑誌が休刊に追い込まれるほど)更に、ネオニコチノイド系の農薬の影響で、蜂や蟻などクマが蛋白源としてきた社会性昆虫類も減っている。クマはもはや、奥山で暮らすことができないほど追い詰められて人里に降りてきているらしい。
 見た目には緑に覆われているように見えても、いつの間にか、私達は本当に豊かな森を失ってしまっている、その最大の被害者がクマなのだとすれば、それは炭鉱のカナリアのように、彼らの死を放置すれば私達自身の滅亡につながる恐ろしい事態なのではと思い至る。
 そうは言っても、時間の流れを元に戻すことはできない。水力発電の電気でこの国は発展してきたし、農薬の使用で大量に作られた野菜や果物は山々を貫いて伸びる高速道路で運ばれ、それを食べて私達は毎日を生きている。全てを否定することは不可能だが、できることはあると金井塚氏は言う。
 例えば必要性の低くなったダムの撤去、一斉林から針広混交林への転換、人を傷付けた訳では無く誤って捕獲された個体の適切な放獣、森と里山の境界の管理、それはつまるところ、今よりも深く森と関わる人を増やすことだ。森林直販は、地域の材で地域の人を豊かにし、山の暮らしを永続させる原資をもたらす可能性を持っている。現在、人とクマの緊張関係は大きな悲劇を伴う衝突を生んでいるが、後の時代に振返った時、あれは日本人が真剣に森と向き合う契機になったのだと思えるようにできないものだろうか。私は自分にできることをし、その小さな流れが次第に寄り集まっていつか海に注ぐことを信じよう。かつて川面が盛り上がって見えるほど魚がいたという渓流で、クマがヤマメやイワナを腹いっぱい食べられる未来を。

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