昔、労働組合の活動を担っていた時、すぐには解決しなくても、訴え続けることでいつか改善されていくという先輩の言葉が支えだった。取得できる年休日数の増加や、女性だけにあった残業制限の平等化、職域の拡大など、少しずつでも着実に得られる成果に納得感があった。もう40年も前のことだ。
しかし現在に至っても、働く女性が性別に関係なく能力を発揮し、キャリアを積んで活躍するには、慣習や偏見、女性特有の体の問題など様々なハードルを越えなくてはならない。長く続いたデフレ時代、労働者の立場は弱く、訴えは我儘、代わりはいくらでもいるという雇用主の姿勢に、訴え続ける事を諦めざるを得なかった人は沢山いただろう。
林業の世界では、戦後の拡大造林期に多くの女性が植林や下刈り等の作業を担っており、1980年代に林業就業者に占める女性の割合は15%前後だった。その後、木の成長に伴って造林・保育から素材生産へと産業構造が変化したのに伴い、女性の比率は低下し、2020年には2,730人と6%前後になっている。(R6年林業白書)
伐木の作業で女性が占める割合は欧米でも10%前後だそうなので、急峻な山が多く機械化の難しい地域を抱える日本では、極端に低い数字とは言えないかもしれない。伐採現場で女性を見かける事は珍しくなくなり、移動式の着替え用テントを常備するなど、雇用主も女性の働く環境に配慮する事例が増えているようだ。出来高を考慮した査定なのか同じ仕事なのに日給が低いとか、昇格のチャンスが与えられないといった不満も聞くが、それでも彼女達は山での仕事に誇りを持ち、日焼けした明るい顔でチェーンソーを操る。
トイレの問題一つ取っても、女性が山で働く過酷さは容易に想像できるし、大きく稼げるといったケースはそう多くない。なのに女性達が山に入るのは何故なのだろう。自然の中で、長い歳月を重ねた木々と向き合い、切り倒して運び出し、木の命を人の暮らしに役立つものに変えること、混み合った暗い森の木を間伐し、光や風を入れて成長を促すこと、そんな仕事に魅力を感じるからではないだろうか。育苗・造林から素材生産・製材までを手掛ける関東のある森林組合では、女性が大きな戦力になっている。長い時間をかけて行う森の再生産は、先人の想いを未来につなぐ命のリレーだ。日本の再造林率の低さが改善されるとしたら、その時は女性の再進出とセットになっているかもしれない。
これからは、機械化やIT化に伴って、男女の区別なく高収入を得る機会も増えていくだろう。そうでなければ、林業は労働者の獲得競争に負けて衰退していく。職場単位の人数は少なくても、今はSNSで繋がることができる。待遇の差などは理由を明確にし、理不尽な制度なら変えていけばいい。保護と差別は紙一重、自分の望みを的確に伝え、働きやすい環境を自ら作っていく逞しさを、きっと彼女たちは持っている。
厳しい環境の中でも森を愛し山で働く女性達、その声が都会暮らしの人々に届く時、谷合に響く木魂のように、きっと彼らを振り向かせる。それはかつて木を植えて育てた人々の想いが今も山に生き続けていることに、気付いてもらうきっかけになるだろう。
文月ブログ
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