文月ブログ

森と生きるために-「フィンランド虚像の森」を読んで

2022年8月24日に、「フィンランド虚像の森」という翻訳本が、新泉社から出版されました。フィンランドの4人の若手ジャーナリストが、自国の林業の在りように疑問を持ち、各地の実態を調査して提言した書籍です。本国で高く評価され、フィンランディア文学賞(ノンフィクション部門)を受賞しました。非常に多くの美しい(中には絶望的な)写真が掲載され、観光パンフレットの趣もあります。彼らは古くからある森に足を運び、自分達が普段目にしていた若い森林とそれが全く別ものであることに気づきます。そして今各地で起きていることを丁寧に取材し、このままで良いのかと問いかけたのです。
ある家族は、皆伐で周囲の森が無くなり、木工業とネイチャートラベルで生計を立てる道が閉ざされ、国外に移住せざるを得なくなりました。別の家族は、湖の傍のサマーハウスで、自分達が泳ぐ場所を確保するために溜まった泥を浚渫(しゅんせつ)しなくてはなりません。樹木の生育を促す目的で多くの排水路が掘られ、そこから腐植土が流れ出して湖の底に厚く堆積しているからです。皆伐された土地の中には、四半世紀たった今も小さな苗が顔を出しているだけという場所もあります。極地に近く、樹木の生長が遅いフィンランドでは、保護区域を除けばもう太い木は残っておらず、製紙やバイオマス用の細い丸太しか生産できていないようです。
これが、私達が理想と思い込んでいたフィンランド林業の実態でした。国を支える基幹産業として、大量の伐採を行っても再造林すれば成長量の方が上回るという思想を国全体で実践し、択伐を許さない林業を推し進めてきたのです。最近ようやく、択伐と間伐による森林管理=恒続林施業の方が経済的な利益が大きくなり得ることが示され、国もそれを認めるようになりました。しかし、回転する巨大な産業の歯車を止めることは非常に困難です。現時点でも、古い豊かな森が皆伐の圧力に晒され続けているようです。地域によっては森林を皆伐すると元に戻るまで百年か、更に長い年月がかかります。それは「使い捨て林業」と同義ではないか、という言葉が胸に響きました。
救いは、このような状況から少しでも森を守ろうと、森林所有者が保護活動を進める団体に森を寄付する動きが見られることです。恒続林施業を請け負う会社も少しずつ業績を伸ばしているようですし、何よりこの本が注目され、長く売れ続けていることが、フィンランドの人々の意識が変わってきている証拠と言えるでしょう。
日本の国土の生産力はフィンランドより大きいとは言え、現在の主伐に対する再造林率はわずか3割です。生産量の拡大を追うだけでは、日本もいずれ同じ道を辿ることは目に見えています。田中淳夫さんは、解説だけでなく本文の翻訳にも深く関わり、大変苦労されたと聞きました。全ての林業関係者、農林水産系の学生に読んでもらいたい本です。

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