文月ブログ

水源の森の光

丹波山村のことを、別の角度からもう一度書いてみる。
この村には、多摩川の源流にあたる丹波川が東西に流れ、その川沿いに約500人、300世帯ほどの人々が住んでいる。昭和35年に2,200人いた人口が4分の1に減り、半数近くが65歳以上という山村だ。村には大工がいない。明らかな廃屋や、いつ倒れてもおかしくない傷んだ様子の住宅も多い。一方で、真新しい家や町営の施設もあってそれらが混在している。外からの人材を受け入れることで、老いと衰えに拮抗し、何とか村という総体を維持しようとしているように見える。都心から車で3時間という近さ、雲取山や渓谷の美という観光資源、そして子供の保育・医療・教育費無料という子育てしやすい環境を整えてきた村の努力はわかるが、なぜ多くの、意欲ある若者がやって来るのだろうか。
村の97%は山林だが、そのうちの70%は東京都が水源涵養林として所有している。森林整備も都の事業者が行い、地元には間接的にしかお金が落ちないようだ。村が何かしたくても、土地の多くは都のもので勝手にはできない。一方で、水源の森は開発から守られ、この先も美しい景観が保たれていくだろう。
ここまで考えた時、何が若者たちを呼び寄せているのか、一つの答えが見えた気がした。限られた狭い土地、届きにくい電波、強い雨が降れば寸断される道路。制約だらけの場所ではあるが、美しい自然の中で、知恵を働かせ深く豊かに生きること、その価値を彼らは敏感に感じ取っているのではないだろうか。ある種閉じられた空間だからこそ、自分の言葉や行為は周囲にすぐ響き、人を助ける喜びを伴って返ってくる。自分の力で変えられるという手ごたえを感じる、過疎の村なのだ。
東京都民の多くは、都会の生活が何によって支えられているかになど全く無関心だろう。どこまでも拡張する貪欲な資本主義のもとで、お金に追われお金に従属する日々を送っている。しかし水源の森に抱かれる村では、限られた資源に価値や強みを見出し、真っすぐ前を向いて課題に取り組む若者が増えている。まばゆい光に満ちているのはこの村の方ではないだろうか。
川沿いの一等地にある小学校の跡地、そこは先人達が村の未来を賭けて拓いた場所だ。それを受け継ぎ生かそうと、澄んだ目をした人々が集まり語り合っている。そんな光景が日本の山村のあちこちで再現されることを、私はここで予言しておきたい。先人達が植えて育んだ豊かな森は日本中に広がり、若者たちを待っているのだから。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP