文月ブログ

木の神を祀る地-五十猛命の足跡を巡る

日本神話で杉や檜を作ったとされるのは須佐之男命(すさのおのみこと)なので、木の神と言えば本来は須佐之男命を指すのかもしれません。しかし私が取り上げたいのは、その息子で、二人の妹神と共に日本中を緑にしたと伝わる五十猛命(いたけるのみこと)です。須佐之男命に命じられ、九州から始めて日本全国に木を植えたことから、有功神(いさおしのかみ=大変に功績のあった神様)と呼ばれ、祀る神社は300とも言われます。私はその地の人々がどんな思いでこの神様を祀り、現代に至るのかを調べ、林業や建築の視点も織り交ぜて、自分なりに感じる事を書いてみようと思いました。実際に全てを訪ねることは難しいのですが、幸い、この神様に惹かれ、各地を歩いて記録に残した方々がおられて、ホームページは今も更新されています。その業績に敬意を払いつつ、私なりの価値を積み上げていければと思います。

以前のブログで、和歌山県の伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)について書きました。五十猛命がお静まりになったという紀の国の由緒ある神社で、四月の第一日曜日には、木々の恩恵に感謝する「木祭り」が行われ、多くの林業・木材業関係者が参拝するそうです。他にも、大きな木を伐る時や新築住宅への入居、新車を買った時などに、清めのお祓いが行われています。
紀州材を扱う山長グループのモック㈱が千葉市稲毛区に新設した大型パネル工場の開所式の際、この神社から禰宜(ねぎ)を招請し、清祓(きよはらい)が行われました。その時には、言われるままに起立して頭を垂れ、拍手することを何度か繰り返したのですが、後日あらためて振り返り、私はその祈祷の意味を詳しく知りたいと思いました。
SNSで神社に問い合わせてみると、今回の出張祈祷に至った経緯などと併せ、丁寧な説明が時を置かずに返ってきました。その迅速さと内容の適切さは、しっかりした組織の元で成長している企業の対応を思わせます。そして私の胸に響いたのは、次の文章でした。
「清祓(きよはらい)は建物などが完成し使用する前にお清めとして行うお祓いです。
・・(中略)・・また、工場での作業の安全、木造大型パネルの普及、モック㈱の発展もあわせて祈願しております。しかし主体は「清め」であり、清まっていれば事故は起きないし、事故なく安泰に事業が行われれば発展してゆくのは自然の流れですから、後者の祈願はあくまで「清め」に付随するもの、清めの結果として想定されるものという位置づけです。」
「清まっていれば事故は起きない・・」これは決して妄信やおまじないではなく、その場にいる人、関わる人の心を一つにすることで、欲や慢心・怠惰といった邪心を遠ざける意図があるのでしょう。あの時、120人もの出席者が一斉に起立して頭を垂れ、この工場の落成にあたって邪(よこしま)なものを祓おうとの、禰宜の祈りに心を合わせていたのだと知り、自分の奥底にある何かに触れて、思わず涙が出ました。

五十猛命を祀ることは、その功績を讃えるとともに、その行為を受け継いでいくことでしょう。杉・檜・楠・槇といった木々を、人々の役に立つようにと日本中に植えた神様、その恩を忘れまいと祀られた土地には、その後どんな人々の暮らしがあって今に至るのか、ゆっくりと少しずつ、追ってみたいと思います。

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