文月ブログ

木の神を祀る地-来宮神社と静岡県熱海市

日本中に木を植えた神様-五十猛命(いたけるのみこと)を祀る神社、その土地の人々との結びつきを訪ねる旅、その初回は静岡県熱海市の「来宮神社」です。なぜ最初に選んだかと言えば、言うまでもなく、自分が何度も訪れたことのある縁の深い土地だからです。
神社のホームページには下記のように記載されています。
「おおよそ、今から1300年前、和銅三年六月十五日に熱海湾で漁夫が網をおろしていたとき、御木像らしき物がこれに入ったので、不思議に思っていると、童子が現れ『我こそは五十猛命である。この里に波の音の聞こえない七本の楠の洞があるからそこに私を祀りなさい。しからば村人は勿論いり来るものも守護しよう。』と告げられ、村民達が探し当てたのが、この熱海の西山の地でした。」
「村人は勿論、いり来るものも守護しよう」と告げたとされることは、この地が古くから往来する人の多い場所だったという事を現しているように思います。奈良時代の文書にも記述が見られる他、江戸時代には大名や旗本も湯治に訪れていました。
現在の熱海市の人口は3.3万人ですが、そこに年間数百万人の観光客が訪れます。団体旅行ブームに沸いた昭和40年代には500万人を超えたこともありましたが、その後、バブル崩壊や景気の低迷で、一時は200万人台まで落ち込みました。現在では、大手資本による市内の旅館・ホテルの買収や再建、市による観光PR、昭和レトロな雰囲気が若者に人気となったことなどから、300万人台にまで回復しているようです。新型コロナは熱海にも大きな打撃を与えたものと思われますが、東京から近く、日帰りも可能なリゾート地という利点は今後も多くの人をこの地に呼び寄せることでしょう。
同じ熱海市内には伊豆山神社があり、源頼朝や政子が深い信仰を寄せ、その後鎌倉幕府の樹立に至ったことから、東国武士の崇敬を集めていました。秀吉の小田原攻めで衰退した後、江戸時代には再建され、武家の守り神として将軍家も興隆を図ったといいます。大河ドラマの舞台になったことで注目されましたが、参拝者の数などでは来宮神社に大きく水をあけられています。そのような比較自体、本来意味が無いとは思いますが、来宮神社が近年大きく発展したのは、観光との結びつきによるものということは間違いないでしょう。
来宮神社は熱海駅に近く、樹齢2100年で天然記念物の大楠は、その周りを一周すれば寿命が延びる、願いが叶うご利益があるとされ、熱海を訪れる観光客の多くが立ち寄る場所となっています。神社にはもともと7本の楠がありましたが、江戸時代に漁業権を巡る争議があり、訴訟費用を捻出するために5本が伐られたと記録にあります。買い取られた5本の楠は一体何に使われたのでしょうか。日本書紀には、須佐之男命(すさのおのみこと)が眉毛から楠を作り、船をつくるようにと定めた記述があります。水に強く腐りにくい性質を生かし、船や桟橋、あるいは厳島神社のような鳥居となったのかもしれません。
実は7本の楠のうち、残る2本も伐られそうになりましたが、白髪の老人が現れてそれを遮ったと伝わります。残った木がご神木となり、多くの人々を呼ぶことになったのですから、これも「いり来るものも守護しよう」と言われ、殖産興業の神でもある五十猛命の化身であったのではと、私には思えてなりません。

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