弱い立場で負担を押し付けられ続けた、山と大工、その両方にとって救世主となるのが、大型パネルの技術です。それを開発した塩地氏は、モイスという建材の開発者でもありました。燃えない上に調湿機能もあり、柔軟で耐震性に優れ、しかも使用後に粉砕すれば肥料になる、環境に優しい建築材料ですが、その重量は大工にとっての負担を増すことになりました。氏がそれを解決しなければという思いで、木造軸組み工法のプレファブ化という課題に挑み、作り上げたのが大型パネルです。
パネル工法と言うと、決まった形のパネルを使って建物を組み立てるイメージですが、塩地氏の開発した大型パネルは全く逆です。普通に自由設計された木造軸組み建築を、柱の部分で区切り、パネルとして工場で成型します。それをトラックで敷地に運搬し、クレーンで吊り上げて、一般的な二階建てなら一日で上棟します。更に一時防水や施錠まで可能なので、大工は道具を建物の中に置いたまま、快適な環境で内装工事を行うことができます。
そう聞くと、同様の技術がこれまでなかったのかと不思議に思いますが、実はここに、一般にほとんど知られていない大工の存在があるのです。設計士が書く図面は、柱や梁の長さや位置は書かれていても、主に接合部分に関する細かい指示、業界で言う「納まり」については全く記載がありません。それを現場で「納め」てきたのが大工です。その方法は一律でなく、大工によって、現場の状況や使う材料によっても様々です。それほど重要な仕事を担いながら、出来上がった後には何の証拠も残らず、単なる現場作業員としての待遇しか受けていないのが、大工の悲劇の正体です。そして、その大工の能力が、木造軸組み工法のプレファブ化を阻んできた要因でもありました。日本の木造建築は、大工がいなければ成り立たない、そしてその知恵は大工の脳内にしか無いもので、標準化やマニュアル化が不可能と思われていたのです。
塩地氏は、建築に関する幅広い知識を土台に、大工の仕事を徹底的に観察しました。そして、ソフトウエア上で「納まり」の状態をあらかじめ確認・設定し、完璧な「施工図」を作り上げるシステムとノウハウを開発したのです。大型パネルの情報処理を行う過程は、大工の脳内作業そのものだと言います。そのおかげで、現場で完璧に施工できるパネルを、工場で生産することが可能になりました。工場内には材料や必要な機器、加工精度を高める治具などが揃っていて、これを使えば、重たいサッシも、幅の広い断熱シートも、無理なく取り付けることが可能です。この工場なら、経験の浅い若い人も、高齢で体が持たないと感じていたベテラン大工も、同じように精密なパネルを製作できるのです。
大型パネルは大工の仕事を奪うのでは?きっとそう思う人も多いことでしょう。しかし、先述したように、大工はそのあまりの低待遇に耐え兼ね、急激に減少しています。木造住宅の新規着工件数は減り続けていますが、大工はそれを上回る速度で減っているのです。そんな状況の中で、大工が本来の地位を回復し、不当な待遇から抜け出す方法は、大型パネルを自ら使いこなすことだと、塩地氏は言います。
明日に続きます。
文月ブログ
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