NHKの朝ドラ「ばけばけ」を毎日楽しみに見ている。日本人が伝統を古臭いと捨てようとしていた時代に、外から来てその魅力に気づき、日本の地に根づいて海外に紹介した小泉八雲の話だ。「早朝に米を突く音は、日本で最もあわれな音、日本という国の脈拍だ」松江に住み、日本に恋した人の言葉は、時空を遡って空気の震えを運んで来る。
八雲のひ孫、小泉ぼんさんは、祖父の七光りを嫌い、ずっと遠ざけて生きてきた。しかし鉄道で全国を回り、民俗学に興味を持って学ぼうとした時、小泉八雲が日本の民俗学の先駆けとなる仕事をしていたことを知り、その縁の深さを受け入れたそうだ。今は小泉八雲資料館の館長をしている。祖先の言葉や行いをそのまま信じることはできないかもしれない、それでも祖先の信仰を忘れず、神棚の燈明のように赤々と灯し続けて欲しい。八雲は松江を去る際、教え子達にそう伝えたと言う。
2023年に放送されたNHKの番組では、宍道湖の淡水化事業に反対し阻止した人々のことが紹介されていた。「今日のしじみは笑らっちょった」計画凍結の知らせを聞いた時、漁師達を束ね長い闘いの先頭に立ってきた井原信夫さんが発した言葉だ。昭和30年代に始まった淡水化計画、一度は補償金をもらった漁師達は、事業の進展と共に漁への影響の大きさに気づき、湖を守ろうと立ち上がった。反対運動を続けてきた地元住民の反発を抑え、共に闘うために、井原さんは漁師を一人一人説得、国に補償金を還すという神業をやってのけた。それによって一つになった住民と漁師達の運動が功を奏し、国は昭和63年に事業を凍結、平成14年に中止を決めた。今も「しじみ」は重要な特産物として松江を支えている。
「一度始まったら止められない」と言われた大型公共事業を中止させた力の源は何だったのか。自然の恵みの大きさへの気付き、自然を人の力で変えてしまうことへの怖れ、そしてもう一つ、自然と共に歩んできた祖先との繋がりが大きかったのではと私は思う。哲学者の内山節氏は、「日本人は関係が存在を作ると考える。日本人にとって、社会の構成メンバーは今生きている人のみではなく、死者や自然も含む。」と言う。
「ばけばけ」の主題歌「笑ったり転んだり」を聞いたある人が、夫婦デュオのハンバート・ハンバートについて、この二人は良く喧嘩をするだろう、だから本当のハーモニーになっている、と言った。調和は、譲り合いでなくせめぎ合いから生まれる。人も自然も、生きるために懸命に競争し、満ち溢れようとする。その厳しい闘いの末に生まれた調和を、目先の利益のために壊してはいけない。日本人と森林の悠久の歴史の中で、多くの人が森から離れてしまった30年を、後から振り返ればさざ波のような出来事だと思えるように、私も真剣なせめぎ合いに加わろうと思う。
文月ブログ
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