熊本県立南陵高等学校の演習林を訪ねた。この高校には林業専攻のコースがあり、毎年10人前後の学生がここで森林整備や林業経営の基礎を学んでいる。演習林に着くと、若い教諭と二人の高校生が緊張の混じる笑顔で迎えてくれた。彼らがワークショップで参加者と共に作った木製のカメラの玩具をプレゼントされるというサプライズの後、二人は林内で行った実験について説明を始めた。
人吉・球磨地域は、令和2年の7月に豪雨災害に見舞われている。彼らはその経験から、災害に強い森づくりを目指して、森林の保水力を調査することにした。ヒノキの林と、隣り合うケヤキ・クヌギ林、そして樹冠に覆われていない草地に手製の雨量計を設置し、それぞれの雨量を計測した。他にも、木の幹を伝って流れる樹幹流の量を図る装置を工夫・自作して設置し、2年にわたり観測を続けてきた。
結果としてわかったのは、この地域において針葉樹が雨を受け止め、蒸発させる量は林外雨量(降水量)の15%~20%程度、広葉樹の場合は5%~17%で、針葉樹の方が高い保水力を有すること。また樹木の幹を流れる水は30mm以上の降雨で発生し、それ以下の雨なら樹木の枝葉や幹に補足されて蒸発するということだった。彼らは更にヒノキ樹皮の乾いた状態と含水状態の重量を計測し、演習林のあるあさぎり町の針葉樹人工林では、樹皮部のみで128万トンの水を保水できると推定した。
様々な試行錯誤を重ねてこの結果を導き出した学生の瞳には、はにかみの奥に誇りと喜び、これからやってくる未来への期待が明るく灯っている。「なぜ林業専攻を選んだの?」という問いに対し、一人は幼い頃から遊び場だった森を守りたいと言い、もう一人は学校に行かず引き籠っていた家が水害で失われたのがきっかけだと答えた。引き籠る場所が無くなった時、彼はそれまで貯めていたエネルギーを使って、森林を自分の新しい居場所にしようと決意したのかもしれない。
球磨盆地に住む自分達の平穏な暮らしは、健全な森を維持することと結びついている、それを体感していることは、彼らの今後の職業選択や、配属された職場で指示され行うことが果たして正しいのかを判断する上で、必ず力になるだろう。効率を優先する林業現場では、新人はともすれば木材運搬者の運転のような作業だけを何年も繰り返すと聞いた。人間を機械のように扱う職場で、伐った後の林地に新しい命を育むための配慮が十分になされるだろうか。もしそうでないとしたら、それをおかしいと感じる力、命の更新と保育を必須と捉える感覚、科学的な根拠に基づいて判断する能力を、彼らはこの森で学んでいる。
この地域は豊かな実りに支えられ、米焼酎の醸造所も多いが、昔から度々水害に遭ってきた。森林整備の他にも、最近では降った雨をすぐに水路に流さず地下に浸透させる「雨庭」(レインガーデン)の設置を官民あげて推進するなど、「流域治水」というコンセプトは地域を一つにまとめる軸になりつつあるようだ。南陵高校の生徒達は、その一翼を担う重責に真っすぐに向き合っている。心が清らかな水で洗われた、幸せな一日だった。
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