「ざいせき」と打つと在籍ではなく材積、「しゅうせい」と打てば修正より先に集成と変換されるパソコン、苦笑いしながら、ここまで良く辿り着いたなと過去を振り返る。
速水林業の「林業塾」に参加してから18年。一般企業に務めている間は、ただ森林や林業の周辺を歩き回り、いつか貢献できる何かを見つけたいと夢想していた。
森林連結経営に入社し、「森林列島再生論」の執筆陣に加えてもらったのが2022年。そこから初めて真剣に勉強を始め、最近ようやく、森林・林業に関する調査や執筆で、いくらかのお金を頂くことができるようになった。
森林も建築も専門家にはほど遠い。しかし、森林と建築をつなぐことの意義や、そのための技術に関して発信することなら私にもできる。
それは私が、森を誰よりも「安心できる場所」だと感じているからかもしれない。森に入ると、私は自分の本来の居場所に戻ってきたような安らぎを感じる。樹木だけでなく、落ち葉も、苔むした石も、目に入る全てが何気ない美しさに満ちている。まるで自分の家でくつろぐように、私は森の空気を味わい、木漏れ日を浴び、吹き抜ける風に溶けていく。
人の暮らしを守る箱は、近くの森の木で作って欲しい。そうすれば家は森の安らぎをそのまま宿し、森も、そこに住む人も幸せにするだろう。少し前まで、それは当たり前のことだったが、人や物が国境を越えて行き来する世の中になり、いつしか失われてしまった。
木の内側に記録された多くの事柄、土壌の養分に気温や水量、光の強さ、風や雪の影響、枝打ちの跡、そしてその間に流れた時間の全てが、木材という形になって人の一生に寄り添い、私達を支え、温めてくれる。人の作った化合物ばかりに取り巻かれていると、人は自分も自然の一部だということを忘れがちになるが、近くの木で作った家は、伐採跡地に植えられた若木達と交信しながら、住む人に山のことを思い出させてくれるだろう。
随分と離れてしまった森と人との距離を縮め、森と建築をもう一度繋ぎ直す、それは私にとって、自分の生まれた場所、故郷に続く道を辿る旅なのだと思う。道のりはまだ遠いが、懐かしい未来に向かって歩いていこう。
文月ブログ
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