文月ブログ

森を巡るショートトリップ-花屋の苦労

私が小学校高学年の頃、大企業に勤めていた父が突然会社を辞め、自宅を改装して園芸店を始めました。植木や草花、肥料だけでは売り上げは伸びず、近くに花屋が無かったことから、生花も扱うようになったのです。サラリーマンの家に生まれたはずが、途中から個人商店の娘になり、「いらっしゃいませ」という挨拶や店番の仕方なども、徐々に覚えていきました。最近では、駅の生花店も華やかなディスプレイに彩られ、店頭にはすぐに飾れるブーケなどが溢れていますが、当時は花を入れるプラスチックの筒をひな壇に並べただけの、シンプルな店でした。
花屋と言うと、お洒落で綺麗な仕事だと思いますが、少なくとも当時は、相当厳しい労働でした。朝早く市場で仕入れた花は箱詰めされていて重く、開封後は冷たい水の中で茎の先端を切る「水切り」という作業をしなくてはなりません。安く仕入れたバラなどが、水を吸い上げずに首が垂れた状態になっていると、逆に台所のコンロの火で炙り、浸透圧を利用して生き返らせていました。バラにはトゲがあり、下の方の葉を落とすにも注意が必要です。年末年始は菊や百合など大量の花に加え、松や千両のような枝物が出るので、家中が花と段ボール箱で埋まりました。私達姉妹も少しは手伝いましたが、母の苦労が並大抵でなかったことを、今でもよく思えています。
そして何より最大の困難は、夏の間、暑さで花がすぐにダメになることでした。今ではどんな花屋さんも冷蔵庫を備えていますが、当時の店にはありませんでした。頻繁に水を替えても、店の風通しを良くしても、蕾で仕入れた花はあっという間に咲いて、売り物としての価値が下がってしまいます。10年近く花屋を続けた気がしますが、最後は持ちこたえられず、父は自宅を売って別の店舗と住まいを借り、園芸店だけを細々と続けました。
朝、出勤してきて、オフィスに飾った花が夜間の暑さで元気をなくしているのを見ると、急いで水を替えながら、生ものである花を扱う苦労を、思いださずにはいられません。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP