昨年の秋、関東近辺の複数の製材所で話を伺う機会があった。その中で特に印象に残ったのは、埼玉のある社長さんの「80年生の森を伐っても柱なんて一本も取れませんからね」という言葉だ。どういうことなのか、詳しく理由をお尋ねすると、柱や梁は、白太(しらた・辺材)を含むから強度が出る。木が太ると、製材して四方を落とした時、赤身(心材)だけになってしまい、構造材に必要な品質が保てないのだそうだ。埼玉県は木材の産出量自体が少ないので、森林組合に欲しい材の樹齢や、いつまで枝打ちがされているかといった品質の要望を伝え、伐採計画に盛り込んでもらうのだと言う。
同じような話は栃木県の製材所でも聞いた。高品質の木材を発注から7日以内に届けるため、KD材の大量在庫を保持している会社だ。多くの需要が集成材に向かう流れに棹を差し、無垢材の良さを伝える努力を惜しまない。その会社の専務の話では、大径木からの梁の二丁取りはコストや品質の面で現実的ではないとのことだった。
日本の森林の蓄積量は増える一方で、大径材の割合も大きくなっている。今は末口(丸太の細い方)の直径が30㎝を超えると値段が下がってしまう傾向があり、それは太い丸太を挽ける製材機が少ないからと言われてきた。そして確かに最近は、60㎝とか80㎝でも製材できる機械の導入が進んでいるようだ。しかしそういった機械を使ったとしても、在来木造で使う構造材ではなく、板に挽くケースが多くなるのではないだろうか。
私が人工林の更新をすべきだと思うのは、先人達が育林のノウハウを積み上げ、一定のコントロールが可能な針葉樹の森が、日本の在来木造建築と分かちがたく結びついていると思うからだ。大昔の建築は一抱えもあるような大黒柱や梁を使って建てていたので、大木を余すところなく使う大工の腕が生かされたと思う。しかし現代の住宅で主に使われるのは120角や105角の柱で、梁は外材を使った集成材であることが多い。間伐を続け、更新を先延ばしにして高齢の木ばかりが残る森を作っても、在来木造の建材として使われなければ、集成材の原料のラミナとして安く買われてしまうのではと心配になる。
能登震災の直後にモバイル建築の実験を行った際、大型パネルで組み立てたユニットに、設備重量見合いの20リットルの水タンクを40個も運び入れてクレーンで吊るしたが、木組みはビクともしなかった。海士町の村営住宅でも、荒れる日本海をチャーター船で運んだユニットで、復層階の建物が無事に組み上がった。太古の昔から日本列島を襲ってきた台風や地震に耐えるための知恵が、在来木造には詰まっている。
もちろん、列島は南北に長く、九州南部では40年で太る木が、山形や秋田では80年かかるなど、成育環境には大きな差がある。どんなふうに木を育て、どんな山をつくるのかは所有者の自由だ。林野庁の施策は手をかけずに並材を安く作る方向にあるとも聞く。それでもなお、私は日本の森が在来木造に使われ続ける道を探したい。先端技術を活用する森林直販によって、山側が建築の足もとにまで迫ること、それが有効な答えの一つだと信じて、実現に向かう人の手助けをしようと思う。
文月ブログ
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