文月ブログ

健康寿命を支える家

母と共に、毎年欠かさない年末の墓参りに行ってきた。父の眠るお墓は箱根から三島へと下る旧同沿いで、富士山を望む山の斜面にある。お盆の時期はあまりの暑さに墓参りを取りやめたので、久しぶりの訪問に、「坂がこんなに急だったっけ」と足の悪い母が難儀している。ゆっくりとだが確実に衰える母の姿に、いつまで一人暮らしを続けられるかと訝りながら、私は水の入ったバケツを運び、花を生ける筒を綺麗にし、母と二人でお墓を清めて手を合わせた。
行きつけの店で夕食を取ってから母のアパートに戻り、改めて2DKの部屋を見回す。雑然としてはいるが、娘たちに迷惑をかけたくないと、少しずつ物を整理してくれている様子がわかる。88歳の米寿を迎えても、毎朝の安否確認メールを忘れず、週の半分はグラウンドゴルフやシニア倶楽部の催しに出かける社交的な母だ。
父が亡くなって以来、母は当時新築で入ったこの部屋に28年にわたって住み続けているが、驚くのはこの2階建て木造アパートの堅牢さだ。建具の緩みもドア開閉の不具合もなく、小さな石油ストーブ一台で十分暖かい。風呂やウォシュレットの設備は大家さんが更新してくれているが、躯体そのものは全く問題なく快適に過ごせているようだ。建築関係者ならご存知のとおり、静岡県は東海地震への備えとして、昭和59年から耐震基準の地域係数を1.2倍にするよう求める条例を定めており、平成29年からは義務化している。それが結果的に、建物の快適性を高め、母の健康寿命を延ばす効果をもたらしてくれているのではないだろうか。
何かの記事で、高齢者の健康寿命は自己所有の戸建てとマンションが最も長く、次が賃貸マンション、次が賃貸アパートだとされる研究結果が紹介されていた。賃貸ではどうしても断熱や遮音などの設備が貧弱になりがちで、室内の寒さや隣家の音などがストレスになり、健康で過ごせる期間が短い傾向にあるらしい。しかし母の住むアパートは隙間風が入ることも結露もなく、朝起きた時に底冷えする感じもしない。本当にありがたいことだと思う。
脆弱な建物が人を殺す凶器にもなる一方で、丁寧に作られた住宅は人の健康な暮らしを長く支えてくれる。建築を志す人達がこのことを忘れずに、そしてできることなら地域の木材がその温かみを作り出すのに使われることを願って、今年の締めくくりにしたいと思う。

 

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