文月ブログ

土地と人を結ぶもの

先日、NHKのDearにっぽんという番組で、成田空港の拡張工事に伴って消滅する集落と、その場所や人々を記録し続けるカメラマンの姿に見入ってしまった。人口70人ほどの千葉県多古町一鍬田(ひとくわだ)地区。農業が盛んで、特に大和芋は日本一と言われ、一年中出荷していたそうだ。そんな集落に滑走路の新設を含む空港拡張の話が持ち上がり、人々はそれを受け入れて、既に半数ほどが地区を離れたという。以前訪れて風情に魅了され、その場所が無くなってしまうことを知ったあるカメラマンが、5年ほど地区に通い、住民と心を通わせながら風景や人々の写真を撮り続けている。「土地の記憶」を写真に残したいのだという。
成田空港は、計画段階から開港後も長きにわたり、三里塚闘争と呼ばれる反対派農民や新左翼による激しい抗議活動が続いたことで知られる。その頃、この一鍬田地区の人々は、自分達の土地が紙一重で空港用地から外れたことに、胸をなでおろしたに違いない。農業は、その土地の気候と土壌に向き合って積み重ねた経験と勘が収穫を左右する。昭和41年当時、金をやるから別の場所に行けと言われても、簡単に同意できない気持ちは痛いほどわかったはずだ。そんな人々が、60年近く経った今、様々な思いを抱えながらも土地を手放し、散り散りに移転していく。ニュースになるのは拡張工事の進展だけだ。その陰には、子や孫の多くが農業を継がないという現実や、社会の要請という大きな力に抗うことはできないという諦めがあったのだろう。
人と土地を結び付けるもの、それは父祖の姿や自分の過去の思い出といった記憶の価値、そして生活の糧を得る手段としての価値、それが合わさったものだと思う。だから都市部で生きる私のような人間は、体を休め暮らすだけの居場所を、都合に合わせて躊躇なく変えられる。故郷の思い出は美しく、たまに手招きされて訪れるとしても、自分が今そこに住む理由にはならない。
そう考えると、日本の森林を守りたいなら、かろうじて地域のコミュニティが残っている今のうちに、その土地の記憶を受け継ぎ、そこで稼いで生きていく若者の仕事を創るしかない。森林で働くことに誇りを持ち、努力した分だけ収入が上がり、お年寄りから信頼されて所有林を託されるような、そして憧れて後に続く人が増えていくような仕事を。地域の材を誰よりも高く買い、住宅部品として最大の付加価値を付けて売る、それを可能にする技術は既にあるのだから、私は実践者の背中を押し、傍らで見守り、その様子を発信したい。土地の記憶を印画紙に残すことで未来に手渡そうとする、あのカメラマンのように。

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