ツアー三日目は、日向市内の組合本所に近い、再造林現場を訪問した。仏壇に供えるシキミを生産していた人が、高齢を理由にやめるので、シキミを伐って杉林に戻すという珍しい現場だ。比較的傾斜が緩く、班長以下6人ほどで、残された太い枝をチェーンソーで切断しながら、残滓を盛り上げて畝を作っていた。ここにシカ柵を張り、㏊あたり2,000本、2.2m間隔で苗木を植えていく。班長に話を聞くと、やはり若い人が中々入ってこないのが悩みだと言う。再造林条例の制定で造林班に賞与が出るようになったのは助かるが、基本的に若い人は楽な林産部門(機械が中心の伐採作業)に行きたがり、人力で格闘する造林は嫌われるらしい。佐伯の場合は請負にしているため、やればやるほど稼ぎが増えるというモチベーションが働くが、月給制だとそうはいかない。50代と思われる班長の日焼けした顔には皺が刻まれ、筋肉質で若々しい体躯とのギャップが仕事の厳しさを物語る。山の際まで行って下を見おろすと、誰からも見えない場所で班員は黙々と作業を続けている。酒井先生は地拵えの丁寧さに感心していたが、それを支える組織の生真面目さを見た思いだった。
この後は、デクスウッド宮崎事業協同組合という、森林組合や地元の製材事業者が共同で出資する木材加工工場を見学した。そこでは、同じ日向市内にある中国木材の巨大製材工場と共存するため、彼らが買わない小径木を集めて、特殊な方法で集成の管柱を作っている。丸みの部分を活かして台形にした板を、交互に重ねて接着し、高周波を当てることでプレス時間を短縮する。傷や曲がりの箇所を外して残った部分をフィンガーで繋ぎ、木材をできる限り無駄にせず使い切る。丸太の売買は特殊で、末口の二乗×長さで取引量を計算するので、細かく切ってつなぎ合わせた製品を足していくと、歩留まりが100%を超えることもあるらしい。但しかなりの手間がかかるので、製品の情報を発信し、いかに様々な用途で使ってもらえるかがカギのようだ。地道な作業と創意工夫で需要を拡大しようとする、若い工場長の熱意が印象に残った。
これで視察の行程がほぼ終わり、私達は日向市役所の庁舎に向かった。昼食をとった後、お借りした会議室で振り返りの時間を設け、感想を語ってもらった。
森林価値算出の標準モデル構築に取り組む会計学の教授は、川上と川下の連携、ことに川上が川下を意識した経営を行う重要性を再認識したと話した。ある参加者は、情報を外に出さない自県の風土を嘆き、ネットワーク内での情報共有を進める宮崎県を羨ましく思うと述べた。別の参加者は、佐伯が利益相反を生む製材工場に敢えて投資し、付加価値を付ける林産業に挑戦してきたことが、風通しの良い組織を育む好循環につながったのではと語った。他県で造林会社を営む参加者は、儲かる価値を作る力、単に伐って売るだけではない、周辺の産業が山側に育つことが必要だと感じたそうだ。遅れている造林のデジタル化や、防鹿柵の自然素材への転換など、自分が課題と感じることを推進する力が湧いたと言ってくれた。
団長の酒井先生からは次のような意見を頂いた。①森林には木材供給だけでなく雇用を生む機能もある。所有者が大型製材工場を運営するという点で佐伯はウェアハウザーに近い。②山間地域の産業を守るため、ヨーロッパのような所得補償も検討の余地がある。③売る人と買う人をマッチングさせる仕組みが必要。国有林の採取権制度の民有林版があると、投資が集まりやすい。④耳川は路網密度が高いのを活かせば色々な事ができる。移動式で手頃な価格の小型チッパー開発を国に呼びかけていく。⑤今回の参加者は、共通の体験をしたことで議論を深めやすくなったと思う。この縁を活かしていきたい。
このような意見を受けて、宮崎県の方からも、再造林条例を血の通ったものにしていくため努力を続けていくこと、地域熱供給のような新しい分野も視野に産業を興していくこと、そのためにも外部からの視線を入れることに意味があるといった趣旨の発言を頂いた。酒井先生が言われたように、二泊三日を共有する体験の濃度は、訪問者・受け入れ側の双方にとって今後の議論の土壌を整える役割を果たしたようだ。
この旅の締めくくりは、木材をふんだんに使った市庁舎と駅舎の見学だ。最初は2018年に竣工した日向市庁舎について説明を受ける。建物に入った瞬間、「日向」という漢字のイメージそのままの、明るく開放的な木造空間に心が弾んだ。建築には杉を中心とした地場産材を327m3使用しているそうだ。開口が多く、窓を開けると涼やかな風が流れ込む。奇をてらわず様々な木の表情を活かしたデザインが安心感を与え、多くの市民が集い交流する場所に相応しい、美しく居心地の良い建物だった。
最後に訪れたのは、日向市の玄関口とも言える日向市駅舎だ。町を二つに分断していた鉄道線路の高架化に伴い、市街地の再生を目指した区画整理事業と一体になった施設である。駅舎そのものに加え、イベント広場や木屋根の架かったステージなど周辺の施設を含む開発は数々の賞を受賞しているので、興味のある方は調べてみて欲しい。その中で私が最も心を惹かれたのは、宣伝広告の全く無い駅のホームだった。駅のホームと言えば、ありとあらゆる企業のサインや広告ポスターが並ぶのが当たり前の光景で、どんなに風光明媚な観光地でもその様子は変らない。ところがこの駅には広告が一枚も無く、天井の木組みを支える鉄の支柱の間には、木の壁と、遠く市街地を見渡せる窓があるだけだ。開業して19年、大きな修繕もなく静かに日向という街を語り、人を呼び、また見送り続けてきたこの駅舎には、教会や神社のような清々しい空気が流れていた。
ホームに入って来た「特急にちりん」に乗り込んで、私達は日向市を後にした。佐伯と耳川、二つの地域で行われている再造林という事業の実態に触れて、その違いと、森を守るという共通の理念に向けたそれぞれの戦略、事業継続の難しさなどを少しは理解できたように思う。
次回は、この旅を通して得た私なりの気づき、感想を改めてまとめてみたい。
(続く)
文月ブログ
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