水田で米を作らず、湛水するだけでお金がもらえる、そんな状況を取材した記事が朝日新聞に連載されていた。熊本はもともと水の豊富な市で、70万人超の人口を支える水道水が全て地下水でまかなわれている、世界でも稀有な都市だそうだ。しかしその水の不足が心配されるほどの巨大な需要者が、市に隣接する菊陽町に工場を建設した。半導体受託生産の世界最大手、TSMCの工場だ。もともと、豊富な水に目を付けた企業の進出が相次ぐ中、田に水を張って地下に浸透させる「人口涵養」という取り組みは20年も前に始まったもので、企業がその資金を出して、コストを差し引いても十分に安い水を買ってきた。しかしここに来て農家に支払われる単価が二倍になり、米を作るのをやめてしまう人が相次いでいるという。
熊本県は、大分県に次いで全国6位(2023年度)の木材産出額を誇る林業県だ。そもそも林業が盛んなのは、人口密度が低く、一次産業と観光が中心の県が多い。県内総生産(2020年)で見ると、広大な北海道が全国8位なのは別格として、宮崎(39)・岩手(28)・秋田(42)・大分(32)・熊本(25)・青森(33)といずれも下から数えた方が早い。そこに最先端の半導体工場が進出し、関連企業も押し寄せる構図ができた。昨年、熊本県内の林業関係者に話を聞いたが、TSMCの進出によって人手不足に拍車がかかることを懸念していた。恐らくそれだけでなく、土地の値上がりや土地利用の変化、労働力の大規模な移動、ひいては社会構造の変化にまで及んでいくのかもしれない。
歴史を調べてみると、築城や治山治水に能力を発揮した加藤清正以来、新田開発などに勤め、熊本藩は公称54万石とされながら、明治の初めには200万石にも達していたらしい。一方で、一揆の多さは群を抜いていて、江戸期を通じて80件、難治の国と言われていたそうだ。要は人々が我慢ならない状況に黙っておらず、団結して立ち上がる風土なのだろう。加藤家に次いで肥後を治めた細川家の6代目、細川重賢は藩校時習館を作り、行政と司法を分離して藩の機構を整備、支出改革などで藩の財政を好転させた。歴史学者の磯田道史氏によれば、それを真似たのが薩摩藩、佐賀藩、会津藩などで、いずれも幕末に雄藩として存在感を示した。熊本には、率先して改革を行う気風も伝わっているに違いない。
そう考えた時、幾つもの顔が浮かんだ。阿蘇には、ドローン・航空測量のデータを資源調査や境界確定に活用し、県などとも協力して自動下刈り機のテスト運用や新しい樹種の育林などに取り組む人がいる。球磨村では、林業関係者が水害からの復興を「脱炭素×創造的復興」によるゼロカーボンビレッジ創出につなげようと奔走している。人吉では、伐採のスピードに追いつかない再造林を自ら行い、造林のデジタル化を進めようと、役所を辞めて起業した人もいる。やはり熊本には、逆境を力に変えて前進する人々が確実にいる。
人が足りないなら、従来の発想を根本から変える機械化・デジタル化を進めよう。変化を逆手に取り、増える住宅需要に地域材を提供する技術を、自ら導入してはどうだろう。最先端の工場が来るならば、流入するデジタル人材を活かして、林業・木材産業も最先端に生まれ変わればいい。言われるまでもなく挑戦を始めているに違いない彼らに、雄大な自然は必ず応えてくれると思う。
文月ブログ
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